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やまま日記9月

1日「何ごともなかったような、10時」

新人の高校一年生の女の子。お試し期間がおわって、今日からバイト本番。でも、来ない。

来ないことはよくある。「そうか」でおわり。面接に来ないのは、当たり前だし、採用が決まって、初日のオリエンテーションに来ないのも、ざら。2日目から来ない、これも普通。一週間もすれば、誰も覚えていない。

この子もそうなのか。なぜかいつもと違う。この子は特に覚えが悪かった。近所に住んでるのに、面接で場所を間違えて遅刻してしまう。「高1だから仕方ないよね」と許す店長。初日のオリエンテーションも休んだっけ。

「袋に入れますか」。これが何回、教えても忘れる。声が小さい。一生懸命に声を出すが、聞き返すばあちゃんの「あんだって?」の声が数倍デカい。テンパって、袋を見せるジェスチャーなんて機転は望むべくもない。

「お箸、入れますか?」。これなんて、数十回は教えた。忘れる。忘れまくる。「お箸とかスプーンないと困るよね。あつあつに温めたグラタンとか、スプーンなかったら、アウトだよね。手じゃ食べられないよね」。具体的にあの手この手でお箸を入れる必要性を説く。

「はい、分かりました」。反省して、うなずいて、納得する。その直後、ヨーグルト買ったお客さんにスプーンを入れ忘れる。見てられない。一瞬でも目を離すと被害者が生まれる。。

これはなかなかだぞ。店長はさじを投げる。そして、揺さぶりをかける。「この店、忙しいよ。厳しいよ。辞めてもいいんだよ」。その子は「頑張ります」と粘る。そして一生懸命、できることをする。無言で商品を打ち始める。「袋、いりますかって聞いた?」と隣から促す。「あ?」。「お箸は?」「あ?」。

そんなで今日。10時から。夕方の忙しい時間にシフトに入りたいとのことだが、どう見ても無理だし、他の子が大変すぎる。「土日のヒマな時間で出来るようになるまで」と日曜からスタート。って、ボクとAさんが面倒を見るのか。

10時が近づく。前回はギリギリで来た。新人で仕事ができないのに、ギリギリは店長の気持ちを逆なでしてしまった。今日もか。だったら、そのまま来ない方が身のためだぞ。ジリジリして待つ。

10時になる。なにごともなかったように、時が進む。店長もAさんもなにも言わない。なかったことにしたのか、いつも通り。いつもより、めんどうな子だから、いち早く切り替えたのか。

それが少し寂しい。覚えはおそろしく悪かったけど、踏ん張ってた。店長のプレッシャーに耐え続けた根性のある子だと思った。でも、社会はそんな子に構う余裕はないのか。

力尽きたか。そりゃ、「高校一年生」、だもんな。もっとフォローとか言い方とか考えればよかったな。

店長が帰る。「〇〇さん、よろしくね」。「え?」。シフトを見る。11時からになっている。勘違いしてたのか。店長、逃げるように帰っていく。

10時59分。来ない。やっぱり、ダメか。と、〇〇さんが来る。ギリギリか。あいかわらず仕事ができない。それでも、一生懸命だから、なんとか一人前になって欲しい。

MEMO

「袋、入れますか」にしても「お箸、いりますか」にしても、法律にはない。彼女のおかげで、どっちでもいいじゃんと気づく。

PS

あまりの「お箸、いりますか」の忘れっぷりに「数十回言って覚えないと、こっちもめんどうになって、言わなくなるよ」と言ってしまう。それから、5回に1回から、4回に1回は「お箸、いりますか」と言うようになった。スプーンとか、まだ無理。「あたためますか」なんて、お好み焼きをあたためるとき、付属のカツオ節を取るなんて……。

2日「昨日は疲れて、今日はそんなでもない」

仕事の量もお客さんの数も、今日の方が多い。なのになぜ?

お祭りのように賑やかではあった。朝から、新人の外国の人、3週間ぐらい帰省して帰ってきた、ほぼ新人さん、午後から新人の外国の人、夕方の子はお熱を出して来ないし、夕方の新人のおばちゃんはスーツケースを持って現れるし。

新人の人だと、ペースが乱れるし、フォローで逆に忙しい。朝からずっと不本意に動き回っていたような気がする。イレギュラーの雑務もいっぱいあった。イライラしてもいい筈だ。

そこにマイペースのCさんが来る。なぜか圧化粧でさらにペースが乱れる。ただ、「Cさんどうした?」と脱力したような気もする。そこからさらに、Cさんの新人さんへの質問が矢のように飛びまくる。

Cさん、よくそんな、初対面の、しかも外国の人にいろいろ聞けるな。内容もいつも同じだが。「どこ住んでる?」。いきなり初対面で住所を聞かれたら、イヤだけどな。先輩特権か。おばちゃん社交辞令か。

家賃の話に思わず耳をそばだてる。家賃の更新って「2か月分」だっけ?聞かれた子は家賃8万だから、じゅ、じゅ、16万!日記初の「アクションマーク」が飛び出しました。

学校も始まってバタバタ、バタバタ。あっという間におわる。これか。忙しいと疲れてる余裕がなくなる。昨日はヒマなときはヒマで、昼めし食べられないぐらい忙しいときは忙しい。途方に暮れるような新人さんもいたし、残業。

しみじみ、疲れを味わう余裕があった。じゃ、今日はワーキング・ハイってことか。

どっちがいいんだろ。後味は今日のほうがいいけど、長い目で見たらどっと疲れるのも今日だろう。二度と味わいたくないのは、確かに今日、だよな。

PS

お話し好きのCさんにとって夢のような環境か。逆にAさんは人見知り。これからは、一見さんとか、外国の人とか、新人の入れ替わりが激しくなるだろう。やはり、Aさんは大変か。

4日「追いかけて、揚げ物」

ネットで注文を受け付けて、商品を袋に入れて配達してもらうだけのサービスが。

商品を入れ忘れる。いつも通り、一人で全部やったら忘れない、と思う。あるいはいつものメンバーならだれかが気づく。

それが経験値のある外国の新人さん。最初は手伝って、あとは任せる。一番最初に、揚げ物を確保して、冷めないように紙の小袋に入れて揚げ物の什器に戻した。

スイスイと仕事をおえて戻ってくる。「これは?」とアイスを差し出される。アイスは冷凍庫に入れて、忘れないように商品を入れた袋に「アイス」と書いてと教える。あとは配達する人を待つだけ。

いつものように配達の人が来る。新人さんがアイスを冷凍庫に取りに行く。「よし、忘れてないぞ」。おわったおわった。簡単ですな。

ふと、揚げ物の什器に目が行く。見知らぬ小袋が入っている。「げっ」。揚げ物、入れ忘れてる。一瞬、頭が真っ白になる。あとでボクが届けるのか。

待てよ。まだ配達の人が外にいるかもしれない。でもなあ。あきらめかける。ダメもとで小袋を掴んで外に飛び出す。

「いたっ」。

バイクにまたがって、なにやらスマホを操作している。ラッキーすぎるぞ。雨靴でズルッとなりながら「すいませーん」と小袋を掲げてバイクに駆け寄る。

あと数メートルでバイクが動き出す。「えー?すいませーんっ」。聞こえてない。バイクがUターンして本格的に走り出す。ダメかっ。

交差点を左折して走るバイク。狭い住宅街。ありがたいことに、平和なノロノロ運転をしている。行けるとこまで、行くか。

「すませーんっ」。

あと少し。でも、さすがに距離が縮まらない。「あっ」。今度は「右折」する。見失うぞ。どうする?どうするんの?いいから追いかけよう。

いたっ。え?また右折。ノロノロ走るバイク。おいおい、元の場所に向かってるぞ。最初の交差点を直進すれば5メートルの距離。「そうか、あそこは一歩通行か」。

バイクが赤信号の交差点で停まる。バイクの先に真っ直ぐな道が伸びる。道幅が広がって、あんなノロノロ運転じゃ、クラクションの嵐だろう。もう、走れない。信号に祈る。変わらないでー。青にならないでー。

「すませーん」。バイクにたどり着く。「え?」。いきなり背後から店員に声掛けられて驚く配達の人。

「よく追いつきましたね」。

ホントに。げっ、アイスが入ってんだった。揚げ物は別のビニール袋に入れないと。「いいですよ。ボクが手で渡します」。ありがたいです。信号が青になる。バイクが走り去っていく。手を振って見送る元気はなかった。

店の距離から直線で10メートル。迂回して200メートル全力疾走。どっと疲れる。これで間に合わなかったら、お叱りの電話にお届けか。助かった、助かった。

MEMO

微妙な経験者。どこまでできるか未知数。よく観察しないと。でも、スパゲッティを弁当の隣に並べるのは、サンドイッチをおにぎりの隣に並べるのはどうなのよ。それぞれ棚がいっぱいで並ばないのは分かるけど、別問題?

PS

穴あきシャツを着ていた。さすがにビリビリで着れない。最後にいい思い出ができたな。お疲れ様でした。

4日「ポケットがあったらなかった不便」

ステテコ(トランクスの7分丈)を履くと、ズボンを履かないで歩けるから爽快な筈が。

海水浴場にいる兄ちゃんみたいな感じね。家では暑いから、トランクスorボクサーパンツで歩き回ってるけど、外に出るたびにズボンを履くのがめんどうで、めんどうで。

今日はステテコ。夏のおわりが見えてきて、今日か来週が、今シーズンのステテコ着納のなりそうだ。もうちょっと履く機会があったのに、なんか敬遠していたな。なんでだっけ。

さて、買い物。昨日の過ごしやすさが一転、夏の日差し。たくあんを買いに国道2本、線路を1本越えて歩く。ステテコで股間が涼しい、涼しい。日陰で風が吹くと涼しいくらい。

「たくあん、下さい。袋はいいです」。たくあん片手に、小銭入れ片手に帰る。とくに不便はない。帰るといつもはズボンを脱いで、汗をかいたトランクスのゴムを伸び縮みさせて粗熱をとる。ステテコはただ、粗熱をとるだけ。

スーパーで浄水器の水を入れに行く。5リットルのペットボトルと小銭入れを持って、店に入る。そのまま浄水器に行けばいいのに、大根三分の一を買いたくなる。会計を済ますときに、小銭入れとペットボトルを何回も持ち帰る。そこにレシートと大根三分の一が加わる。

片手に小銭入れとレシートと大根三分の一。片手にペットボトル。この状態で浄水器にペットボトルをセットして、5リットルの水を取り出してフタなんて閉められるか。暗雲が立ち込める。

浄水器に水を入れおわる。小銭入れ、大根三分の一、レシートを持つ手に、ペットボトルのデカいフタが加わる。いつもならそのままフタをしておわりだが、手品師じゃないから、この状態でフタを閉めるなんて無理。

どうする。浄水器にペットボトルを置くスペースがあった。助かった。なんだったんだ、このピンチ。ポケットがあれば、小銭入れとレシートはポケット。手にはフタと大根だけだから、余裕でもないけど、ペットボトル置き場にやっかいにならずに済んだ。

小銭入れをクレジットカードが入ったカードケースに持ち替えて、スーパーに行く。その前に食パン屋さん。食パンだけならいいのに、断ればいいのに、おまけの食パンの耳を揚げたお菓子をもらう。ポケットがないと、レシートの存在感が増す。こりゃ、紙一重だな。用心して、お菓子にレシート巻きつけ一塊にする。

もやしに、かにかま、あ、キムチ。気がつくと、両手がふさがっている。落とさないか。急いで会計にすすむ。売り場の店員さんが手を止めてカゴを持ってきてくれる。「すいません、大丈夫です」。でも、ない。

待てよ。会計のお姉ちゃん、スキャンした商品をカゴに入れるでしょ。両手がふさがった状態で、どうやってカゴをカゴ入れに戻すんだ?なんか、めんどくさそうだぞ。

と、会計のお姉ちゃんがキムチを透明のビニールに入れてくれる。

助かったあ。

すかさずビニール袋にカードケース、食パン屋さんのレシート、おまけのお菓子とかにかまを投げ込む。ポケットがあれば、カードケースもレシートもおまけのお菓子もポケット。あとは手でイケただろう。

なるほど、だからステテコを敬遠していたのか。一時期、首から小銭入れのためにひも付きの小袋を下げていたような。「初めてのおつかい」か。

ちょっとした楽が、こんなに不便を生むのか。

PS

キムチの透明袋にしろ、いらんとこで、また運を使ってしまった。

5日「みそ汁の具歴10年、だいこん」

一度も縁を切ったことも、手を切ったこともなかった。

皮をむいて刻む。皮をむかないときもある。部位によっては苦くて、みそ汁の味を台無しにすることもあった。それでも、気がつくと、皮をむいて刻んでいた。皮をむかないときもある。

みそ汁に限らず、煮たり、蒸したり、おろしたり、万能選手・だいこん。だいこんおろし用の小さなごつごつが付いたお皿を買ってから、納豆のお供におろしまくっている。冷やっこにも余ったらかける。

今日も、もちろんみそ汁の具に入れる。1センチぐらい切り分けて、皮をむく。むかないときもある。まな板に置く。さて、刻むか。

サクサク、サクサク、慣れた手つきで刻む。0.1秒でも早くしたいと包丁の上げる高さをミリ単位で調整する。支える手を猫の手にするのを忘れる。危ない、危ない。サクサク、サクサク。

「だいこんをこんな早く刻める人いる?ホント、惚れ惚れしちゃう」。よく見ると、厚さも形もバラバラなのだが、悦に入って頭の中で実況中継している。

「よし、もっと早くできるはずだ」。

そう思って、包丁を振り上げる。数ミリ、高さを間違える。

「あっ」

猫の手に包丁が喰い込む。痛くも痒くもない。皮が少しむけている。皮がむけるも、むけないも、普通は、けっこうな流血ものだろう。それが、血も出ていない。

「どんだけ、切れないんだこの包丁」

段ボールだって、もっと切れる。さすがに、ちょっと血がにじんでくる。ホントに助かった。バンドエイドすら、いらない。なにより、だいこんを逆恨みしないで済んだ。

調子に乗った瞬間にアホなことをする。「一日一アホ」。この記録は途絶えそうもない。

MEMO

宅配を待つ、待つ。来ない。置き配のはずだが。ネットで調べると「お届けできませんでした」とある。今回は有料だから手渡しなのか、ポストになぜ不在票が入ってないのか、いろいろ分からない。宅配がまた、苦手になった。

PS

翌朝の傷跡。治りかけの「あかぎれ」みたいだ。すぐ忘れそうで、怖い。

6日「再配達されない荷物」

再配達の予定は、翌日ではないのかもしれない。

では、いつだろう。待った待った。来ない来ない。

ネットの配達状況を見ると「配達をこころみました」の一点張りで、なんの変化もない。「再配達の予定」ともある。

「配達をこころみました」とはどういうことだろう。「試みる」と漢字で書かないのは、なぜか。「こころみる」って大それた表現が分からん。世紀の実験か。

「お届けできませんでした」では軽いか。なんとなく片手にピザを持ってインターホンを押している姿がイメージする。

「こころみました」は遠路はるばる感がある。体は傷だらけで、衣類も汚れている。顔にはこころみたものの、果たせなかった無念の表情が浮かんでいる。立ち去る前に敬礼をしそうだ。それはいいけど、不在票はいれてね。

「置き配にする」という選択ボタンがある。指定済みのはずだけど。どういうことだ。「再配達は置き配で」ということか。とにかく、説明が足りない。

置き配にしたらすぐ届いたのかな。手渡しなら安心だ。一瞬、有料だから手渡しサービスなのかと思って、置きにしたら損した気分になると躊躇してしまった。

一日、家にいるから。手渡しでいいか。安心だし、いちいち確認しに行くのもめんどうだし。

そういえば、散髪に行くんだった。

午前中いっぱい、待つ。もしかして、アパートの一人暮らしは夕方まで帰らないから、日中は来ないかもしれない。まして昨日、不在だったばっかりだし。

それでもな。30分だけなら。1時30分から2時まで散髪に行く。いつもは1000円散髪で、そのあと銭湯だけど、今日は頭を洗ってくれるから銭湯に行かなくていい。

注文を間違えて、シャンプーをして貰えない。とりあえず、帰ろう。不在票も不在着信もない。予想通り。

日中は来ないだろう。銭湯に行くか。「あっ、着替えのシャツがない」。穴あきシャツを捨ててしまった。あとがまのシャツが、昨日届くようこころみたが、無念の再配達だった。

急いで、シャツを手洗う。日中までに乾くか。幸い、めちゃ暑い。と、「〇〇区からのお知らせです。光化学スモッグ注意報」が発令される。そんなスモッグの中、洗濯物を干していいのか。

調べると、人体に影響はあるが、洗濯物は平気らしい。そういう問題か。排気ガスがひどくて、暑くて、風がない日。靄がかかるうんぬん。大丈夫そうだ。

4時30分まで待とう。あとちょっとで乾く。あと5分。あ、5時になる。あきらめよう。シャワーを浴びる。案の定、日中は来ない。

6時になっても来ない。軽トラックの止まる音がするたびに、布団から起きる。7時になる。来ない。8時になる。軽トラックの止まる音。「さすがに来たか」と身構える。なにもない。軽トラックが走り去る。

もしかして再配達は置き配か?確認するために外へ出る。ない。

「こりゃ、ないわ」。

8時30分。シャツを洗って、寝る。8時59分に来たらそれこそ、

「こころみて、成功しました」

と胸を張っていい。ま、来なかったけどね。来ないときは、来ない。もやもやは残ったけど、わりと平気だったな。「配達が苦手なのは、待つからだ」と月並みの結論を得て、就寝。

MEMO

床屋のオーダー。「カット」ではなく「メンズ」だったか。ちょっと、恥ずかしいぞ。

PS

あいかわらず「こころみました」。バイトだから「置き配にする」を選択する。だったら最初からと思うけど。

PS2

携帯に届いたメールをよく見ると「つづきを読む」とある。そこに「置き配の場所は危険なのでやめました」とある。いつも置き配でその場所だから、ますます分からん。

待てよ、いつもは夜か。奥まった自転車に置いてもらっている。でも昨日のお届け時間は昼間。一階の工場のおっちゃんの自転車が、堂々と通りに面して止まっている。だからか。こころづかい、ありがとうございます。

7日「補習する店長」

人が増えて余裕ができた店長は、さじを投げた高1のDさんに打って変わって熱血指導か。

ボクが事務所で休憩だから、店長はバックルームにDさんを連れて行く。Dさん、大丈夫かな。

目の前の防犯カメラの映像に、店長とDさんが映る。即席の段ボール机に、マニュアルが見られるタッチパネルを置く。

休憩中、約一時間。店長が身振り手振りでマニュアルの説明をしている。白熱した指導。Dさんが恐縮して聞いている。

夏休みはおわったが、どう見ても、二人の姿は夏休みの補習そのものだった。

成長したDさんが座っていたパイプイスを持って事務所に現れる。自分から「イスを持ちます」と言ったのだろうか。たくましくなった気もする。イスの重さでヨロヨロしているDさん。持たされたな。

揚げ物の取りかたを店長から教わるDさん。「物理的にそれはおかしい」と店長に怒られるDさん。高度な間違いをしたらしい。ざっくり教えて「よろしく」と帰っていく店長。

「袋に入れますか」は、ほぼ100パーセント言えるようになった。「お箸入れますか」はダメか。特にカゴいっぱい買うお客さんだとテンパって100パーセント忘れる。自分か何を売っているか分かっていない。

これに関しては、言う気も失せたのもあるが、「法律にないし」と前回思ったが、それより、

「環境にやさしい子なのでは」

と思えて、欲しかったら言えばいいじゃん、という気がしている。ま、熱々のドリアは気をつけて見よう。

あまりのできなさに、がっかりというより、分からない。このごろは新人が多いから比較してしまう。「30分で覚えるよな」。3週間でこれは、どうしたもんか。もやもやしてくる。

公共料金の受け付け。先週とまったく同じ間違えをする。「受領印のハンコを押した一番右を、切り取り線にそってちぎって渡す」と教えた。そのようにしようとするDさん。「受領印のハンコを押した」という部分が抜けて、切り取り線の一番右の小さな説明の文章と明細の部分だけ渡す。

見ていたAさんがあきれて、受領印のハンコの部分をちぎってお客さんに渡す。またか。受領印のハンコを押した意味がないでしょ。といって「先週言ったでしょ」も言いづらいし、どうする?もやもやからか、知らぬ間に言葉が出ている。

「ただの文字やん」。

「ただの紙」でよかった。なんでそこで、ひねる。関西弁だし。あきれ顔のAさんが「ふふっ」とふき出す。恐縮するDさん。いらんこと言ってしまった。

最後の最後もお客さんに箸を入れ忘れて、本日終了。なんとなく、元気がないDさん。ボクがいらんこと言ったからか。辞めてしまうかもしれない。

すぐに店長から電話がある。「Dさん、明日も出たいって。よろしく」。はあ、よかった。明日も来るのか。やさしくじゃ、そのままだろうし。店長の特訓もダメだったのに。ボクじゃ無理でしょ。

「店長。Dさん、揚げ物、間違えまくってましたよ」

PS

高3の男の子が来て、隣のレジにいてもらう。同世代で相乗効果があると思ったが、なにもなかった。なかなか、むずかしい。

8日「祭りばやしが聞こえてくるよ」

このアパートに住んで7回目の「祭りばやしが聞こえてくるよ」。今日で聞き納めかな。

残業がおわって、お腹も減ってないからアパートに帰る。あいかわらずの蒸し暑さに、スーパーでご飯を選ぶ楽しさもない。ただただ、疲れている夜7時。

祭りのクライマックスか。半被を着た人たちが通りで文字通り、お祭り騒ぎをしている。人、人、人で前に進めない。ボクはなんでこの通りに来た?いつも通りだけど、ちょっと考えれば分かる。祭りの雰囲気を味わいたかったからか。どこかで「これが最後」っというのは、あるかも。ないか。

テンションが高い人たちが一か所に集まって騒いでいる光景は、離れて見るとやはり異様だ。なにをそんなに浮かれているのか。子供たちもテンションが高い。お面をつけて非日常を楽しんでいる。それは分かるが、大人の「はしゃぎっぷり」は、よく分からん。いろいろあるのだろう、と察してしまう。

的屋の人たちが、神社の前の通りに陣取って店を出している。そんなにお客さんはいない。それより、仕事をしている。だから、お祭りの客と温度差が激しい。思えば、酷な仕事だ。

アパートの前に地元の若い子が楽しそうに、たむろしている。残業男が暗いアパートに帰って行く。気づいていないか。少し、負い目のようなものを感じる。

遊んでる人と仕事してる人ということではなくて「地元」というものがボクにあるのかな。そう思った。もちろん、土地ではなく人の話。地元民で集まってダベる。ありえんだろうな。

ボクには歴史がない。その歴史がとても煩わしいから、都会で一人暮らしをしているのだと思う。この日記は自分史だから、ないわけではない。みんな自分史を生きるしかないけれど。

祭りばやしが聞こえてくる。昔ははっきり「東京音頭」が聞こえてきたけど、昨日も今日も太鼓を叩く音に、かろうじて歌のようなものがくっ付いている。

アパート近くの地元民の楽しそうな声。「バイバイ」という声がときどき開こえてくる。昨日と今日だけ集まったのかな。寂しい感じがする。また来年か。ま、ボクはその声を聞かないだろう。

PS

神社近くの公園におびただしいゴミの山。祭り翌日の風物詩か。祭りの後と考えれば、その山も侘しい。

9日「ポツンとはたらく」

新人さんと元・新人さんと元々・新人さん。辞める人が一番忙しく、浮いていた。

ほとんどの仕事を一人でこなした。その間、レジで楽しそうに話している新人さんたち。一番先輩の新人さんが一番楽しそうに話している。

それを見ても、話してる内容にしても、興味がなく、別世界がレジで繰り広げられる感じがした。いいんじゃないですか。これからこの店のこの時間を担っていく人たち。

会話しないとめんどうな人が先輩じゃなくてよかったな。それが苦にならないで、合わせられる高校生もスゴいな。外国の新人さんが首を傾げて立っている。

Bさんが「辞める」とそっと耳打ちしてきた。この雰囲気ではたらくのはシンドイだろう。ボクが辞めることでそうなるわけだから、申し訳ない。うまくいって欲しい。

あたりまえだが、店長はこのレベルでは不満だろう。それより、辞められては困る。そのストレスが要所要所で出て、分からんでもないが、居心地もあと味も悪い。潮時、だろう。

昨日の残業代でおいしい食べ物でも買おう。カツ丼にするか。つぎのダンドリを考えよう。「贈与契約書」とかめんどくさいが、自分で作れんこともないな。

世界はココだけではない。

PS

あとは兄貴にメールするだけか。「土地くれ」。それをしたら、ダンドリに入る。迷ってる時間が楽しいんだよな。

10日「働く人の所作」

25歳の東南アジアの女の子。時給1200円ぐらいで、月36万は異世界の住人。

貫禄がある。教えたことを、すぐに覚える。人の動きをよく見ている。「仕事を盗む」とはこういうことか。

大工の仕事をしていたと聞く。誰も教えてくれない。盗まないと怒られる世界。厳しい世界で揉まれてきたのか。「盗まれてるなあ」。悪くない。仕事は盗まれると嬉しいのか。

揚げ物の機械を洗ってもらう。一回教えただけ。「私はこうはやらない」と、忘れるどころか、効率的なアレンジを加えている。「なるほど」と見ながら、逆に教えられる。

動きに無駄がない。いらん力を使わない。手が空いたら他の作業を見つける。そもそも手が空かないようダンドリしている。レジが混んでもペースが乱れない。一区切りして、レジに入る。なんしろ、落ち着いている。

「手が汚れた」とか、「制服が汚れた」とか、いちいち騒いで仕事を投げ出さない。

寝る間を惜しんで仕事をしてきた人。25歳だけど、棟梁みたいなオーラが出ている。棟梁からみたら、40過ぎのフリーターは、梁のない欠陥住宅だろう。

たまに分からないことがあると、「分かりません」と言わずに、「ねえ?ねえ?」と母国語なまりの甘ったるい声で聞いてくる。「ねえ?」じゃ、コッチも分からないが、できる人のプライドというより、照れているように見える。

日本語はあまりうまくない。同じ国の人といることが多いからだろう。おしゃべりなパートさんのおかげで、笑顔を見られる。みんな怖い、怖いと言っていたが、まだ25歳の女の子。働いているときと違う顔が見られて、みんなホッとしている。

外国の人は、働くモチベーションがあるから朝も昼も夜も働ける。それだけか。仕事を盗んでいる時の彼女の顔は、とても真剣で、しかも、とても楽しそうだ。

そこに、働くヒントがあるのでは?ま、彼女に仕事のやりがいとか聞いたら「?」だろうが。

PS

税金もボクの2倍以上は払っている。現場だけではなく、社会保障でも外国の人は日本を支えている。

11日「待ち合わせ、来ない」

5時45分。大きな駅でBさんとAさんと待つ。Bさんは5分前に来たが、

Aさんが来ない。ちなみにボクは15分前行動。大きな駅の中央改札は、その名に恥じぬ賑わいで、しかも帰宅ラッシュ。人でどったがえしているとはこういうことか。

みんな忙しそうに急いでいる。機嫌が悪いというより無表情。数日前の祭りの人だかりと比べると、戦争と平和である。

駅の中は昼間の温度が下がらりきらないで蒸し暑い。そこに人の熱が加わって渦巻いている。ボクは外階段近くで待つ。よくぶつからないな、ぶつかったら乱闘になりそうだな。

Aさんが来ないから改札の目の前に行く。行き来する人の流れ、「人流」がハッキリできている。そこを横切ったら濁流にのまれそうだ。人流に乗ったら乗ったで人酔いしそうだし。

さて、5時45分。来ない。5時に仕事が終わって、病院に行って、電車に乗って待ち合わせはタイトすぎる。この時間を指定したのはAさんだから、待つしかない。

6時。中央改札の真ん前で待つ。「遅れます」のメールも来ない。そういう人ではないんだけど。催促のメールもしづらい。辞めるAさんを励ます会だからね。

「もしかしたら6時45分の間違いでは」。BさんはAさんのメールを確認する。「5時45分だよ」。うーん、確認のメールぐらいしてもバチは当たらないだろう。といって、言いづらい。ボクがメールすればいいが、Bさんのひんしゅくを買いそうだし。

6時45分?こんな地獄の底みたいなとこで、あと30分も待つの?

Bさんと二人で祈るように改札の出口を見つめる。朝から冷麦しか食べてない。四方八方から売店の誘惑がある。背後がサンドイッチ屋さんでよかった。ピザ屋さんだったら。

30分、待つか……。あきらめて改札を見る。

「お待たせっ」。

Aさんがいる。え?なんで横から?改札を間違えた?どういうこと?

「今日に限って携帯忘れちゃった」。そういうことね。メールも打てませんわ。でもよかった。こんなとこから立ち去れるのが、なによりありがたい。待つのはこりごりだ。

それにしても、5時45分は攻めすぎだぜ、Aさん。

MEMO

駅で食べながら歩いている人。駅で食べながら歩きそうな人だ。空のアイスの袋をポケットに入れた。できん。

PS

辞める3人の会話が弾むわけがないが、鉄板焼きはおいしかった。Bさんが辞めるか迷っている。Aさんが「シフトが短いから、テキトーに続けたら」とアドバイス。ボクもその線でいいと思います。Aさん、店とは別人のようにサバサバしている、どっちがホンモノなんだ。

12日「吟味する婆ちゃんたち」

スーパーで立ち止まっている品定めしてる婆ちゃんを3人見かけた。

一人目はピーマン。5個ぐらい袋に入ったのがメインで売っていたけど、そんなにいらない。小さなバスケットに1個売りのピーマンがあったからそれを買おう。

にんじんとか、1個売りだと大きいけど、ピーマンは同じ。それもそのはずで、前にバスケットが空っぽであきらめかけたとき、店員さんが5個入りのピーマンの袋をやぶってバスケットに流し込んでいた。その瞬間、いっきに単価が30円ぐらい跳ね上がる。黒魔法やね。

今日はある。そのまま裸で持てないので、いつもキュウリ売り場に透明の袋を取りに行く。キュウリを入れないでどこ行くの?という目線を感じたことはないが、少し、やましい。

ピーマン売り場に戻ると、婆ちゃんがピーマンを手に取って品定めしている。やられた。婆ちゃんに罪はないが、割り込まれた感が否めない。

1個手に取り、ジロジロ見て戻す。また1個手に取り、戻す。あれ?買わないかも。期待して背後で待つ。「ないわ」と、首をかしげてピーマンに冷たく背を向けて立ち去っていく婆ちゃん。「よしっ」。

待てよ。これは喜んでいいのか。婆ちゃんが「いらん」と鼻で笑ったようなピーマン。婆ちゃんの手あかが付いたピーマン。とりあえず、手に取る。なんともないぞ。個売りのピーマンが珍しくて触っていたのかもしれない。分からん。

米騒動がまだ下火にならない。巻き込まれたくからお米を買いに行くのがいやだった。でも、ついに家のお米が底をついてしまった。スーパーで緊張なんてしたくないが、お米売り場の角を曲がるときは、一瞬、緊張して身構えた。「なかったらどうしよ」。

ちゃんとあった。ガラガラではあるが、ちゃんとあった。と、横を見ると婆ちゃんがお米の品定めをしている。書きながら、別人だったと思っていたが、ピーマン婆ちゃんと同一人物かもしれない。

なにを定めている?なんだかんだ、2キロも5キロも、普通米も無洗米も一通りそろっている。嬉しい悲鳴を心の中であげているのかもしれない。「次はないかもしれない」と、買いだめの誘惑と、自分の体力と相談しているかもしれない。

ボクは、お米を買えただけでありがたい。パンもうどんもスパゲッティもあるのに、なにをそんなに騒いでいるの?

お会計。会計が済んで袋を詰める台に向かう。目の前で婆ちゃんがレシートとにらめっこしている。微動だにしない。店員がレジを打ち間違えていないか「レジ打ちの品定め」といったところか。たぶん、値引き商品がちゃんと値引きされてるか、チェックしてるんだろうな。

3人の婆ちゃんは、みんな背を丸めて、その背から「不信」というオーラが出ている。スーパーでそんな警戒することないと思うけど、なんでだろうな。生活の中で、買い物にしめるウエートが大きすぎるんだろうな。

消費だけじゃエネルギーがあまる。そのエネルギーはテレビだけじゃ使いきれない。ぜんぜん、まったく、人ごとじゃない。

PS

別のスーパーのお米売り場。レトルトのお米が棚いっぱいに並んでいる。これを見ると煽られる。仕入れただけ売れる。売る側のお祭り騒ぎ。

13日「声をかけるタイミング」

銭湯にて。その筋の人が、ロッカーから荷物を出すときカギを落としたが。

服を脱いでいると、背中に入れ墨をしたその筋の人が風呂から出てくる。隣の隣ぐらいのロッカーを開ける。そんなに珍しいことではないから、いつ通り、ロッカーのドアを開けすぎてないように気をつかって服をしまう。

その筋の人が最後にロッカーからリュックを取り出す。「ポトッ」と結構な音を立ててカギが落ちる。見なくてもカギだし、どう見てもカギだし、銭湯の脱衣所で物を落とすと反響が大きい。小屋みたいな作りで天井か高いからだろう。靴箱の木製のカギを落とすと「拍子木」のようなカラッとした音がする。連続で落としたら歌舞伎の出囃子。

若い人。聞こえないわけないよね。すぐに拾うと思っていたら、素知らぬ顔をしている。「ああっ」なんて言って、屈んで拾う姿を見られたくないのか。とにかく「カギなんて落ちてねえ」とそのままイスにリュックを置いて荷物をしまい始める。

すっ裸のボクは「どういうこと?」と目が離せない。この流れだと、

「気づいてない?」

気づいてるけど、イヤなことは後回しにする人かもしれない。後回しにして、忘れる人かもしれない。

気がついたら近づいて「カギっ」と声をかけている。なんで片言?相手は「おおっ」とお礼を言うわけでもなく、落としたことに始めて気づいた感じもなく、たんたんとカギを拾う。

少し照れみたいなものが見えたな。初対面の裸の男にいきなり声を掛けられて、お礼をたやすくいう世界でもないから、リアクションに困ったのかもしれない。

もう5秒、声をかけるのが遅れていたら、番台まですっ裸で追いかけてた。あぶないあぶない。ボクが風呂に入ってから、拾ったのかもしらないし。もしかして、ボクがカギを拾ってくれる奴か試してしたのかもしれない。

「世の中、捨てたもんじゃない」。

そういえば「ノーマネーデー」だった。銭湯のお金は回数券だから、先払い。ストックの食べ物も同じか。

なにか買おうとする誘惑がときどき起こる。誘惑が自意識を生んで、あれこれ画策する。すでに今週の予算の足が出ているから、買いたくても買えないはず。

それでも自意識というやつが、ときどき顔を出して、しつこく催促する。欲が自意識を呼ぶのか。そして大抵、

「しょーもない、たわ言」

先々週か忘れたが、クッキー1枚でその日のおやつをしのげたのがデカい。「べつにいらないじゃん」

「カギっ」と声をかけたときの身軽さと比べると、自意識というのは鈍い。「タイミング」は自意識があると逃してしまう。

PS

一人で家にいると自分との対話になる。欲が出てきたときに「かまう」タイミングを間違えると振り回される。落ち着いてから対話を始めよう。兄貴にメールするタイミングは、まだ掴めていない。でも、そろそろか。

14日「バイト先がよそよそしく感じる」

あと、二か月もあるのか。辞めると決まってからか、この場所に何の情も湧かない。

たぶん、引っ越すと決めた日からだろう。その火が灯ってから、その日が近づくにつれて、ほとんどないバイト先への思い入れが消えていく。でも、それだけではないようだ。

事務所にデカいA3ぐらいの用紙が張り出されている。仕事の内容がぎっしり書かれている。一つ一つ書かれた仕事が終わったら、チェックすることになった。何年か前にタブレットで同じようなことをやろうとしたが、「時間がもったいない」と却下したはずだが。

ベテランが辞めて、どんな作業をするか分からない。一覧にして「みんなでチェックしていこう」ということだろう。午前、午後、夕方、夜中。チェックしてる時間、チェックそのものが、とも思うが、なによりデカい紙がお題目のようで、考えて仕事をする妨げになるのでは。

それを承知で作ったのだろう。これで仕事が、現場が流れると考えないとオチオチ寝ていられない。管理する人の苦肉の策。気持ちは分かるが、これから毎日かと思うと。

残ったベテランがほとんどの仕事をすることになる。自分の名前を書くのもめんどうだし、「こんなに仕事したのか」と、達成感ではなく、できない人たちに囲まれた自分の立場を再確認するハメになる。ため息の一つも出る。

身体で覚えてもらうしかない。覚えのめでたくない高1の新人の子は、現場で戦っている。その子がこの一覧表を見て仕事ができるようになるか。仕事はディテール。一人一人お客さんも違うし、消耗品の補充にしても、細かく違う。その都度、教えていくしかない。

それは現場のベテランがする。そこに、一覧表を書く手間が加わる。

知らない人も増えた。ほとんど外国人。いい人ばかりだから、問題はないのだけど、確実にこの店への思い入れが目減りしていく。

仕事は20年前から同じ。自分で言うのもなんだが、昔より真面目に仕事しているし、そっちの方が、わりと楽しい。

明日でAさんが辞める。30年ここにいた人。この店の生き字引のような人がいなくなる。たぶん、そういうことだろう。同じような仕事は、店は、どこにでもある。コンビニはその最たるものだろう。

でも、同じ人はいない。

Bさんも辞めるかもしれない。これで昔ながらの人は、辞める。そうなったらよそよそしい店は、ホントのただの店になるだろう。

PS

一覧表。いつまで続くか分からない。一か月でも相当な束になるぞ。

15日「アラスカに行くわけでもあるまいし」

Aさんと最後の仕事。いつも通り、いつも通りで、さようなら。

都内の、しかも隣の区に行くだけだから、という話。いつでも会えるし、会いに行かなければ、それだけの話。

20年、2人でお客をカゴに乗せて担いできたわけではない。マイクの前でツバを飛ばしてきたわけでもない。それぞれ、自分の仕事をしてきた。レジでたまに協力するだけで、コンビニは基本、お客さんと一対一だから。

3か月ぐらい余裕があれば、しみじみカウントダウン、2か月前、1か月前と、寂しさが募ったかもしれない。いきなり1か月前だったから、それを感じる前に終わってしまった。

できない、できないと思ってた高1の子が、少しだけ成長していて、嬉しかったから、寂しさが薄まったのかもしれない。いろいろAさんに怒られてたから、その子はAさんの置き土産とも言える。

たぶん、じわじわこれから感じるだろう。喪失感ではないが、隣の区にいるからね、でもないけど、日常の中でいつもいる人がいなくなるのは、戸惑うことはあるだろうな。

それもすぐになくなる。そこでまた寂しさを味わうだろう。30年、お疲れさまでした。

PS

さて、ボクはどうするかな。

16日「酔っ払いのあしらい方」

王さま気分の酔っ払いに理屈は通じないが、おだてると帰る。

「トイレは貸していない」。外で座って飲んでおられた王さまがお越しになって、「トイレ貸してくれと」と問われたので、そう答える。「なんでだ?」と息巻く王さま。

「あなたみたいな人が、トイレで寝たり、粗そうしたりするからです」

と、言いたいところだが、一応、うやむやにして帰ってもらう。が、帰らない。「なぜだ?」としつこく聞いてくる。めんどうだな。

いつもなら「なんででしょうね」と、とぼけて王さまの機嫌が直るのを待つが、さっき外で注意したばっかりなのに、「またか」とややイラ立つ。

理由を説明しても分からないだろうから、公衆トイレを案内する。「社長が決めたのか」。おっしゃる通り。決めましたと言えば、「社長を出せ」となるから、とにかく公衆トイレ。

外まで出て。駅横の公衆トイレを案内する。「トイレを貸さないのはなぜだ」と声が大きくなる。店長が出てきて控えている。警察でも呼ぼうか。「ここで出してもいいんだぞ」。「どうぞ」。口だけでしょ?ああ、めんどくさい。

なんだか、今日は酔っ払いに冷たいな。Aさんがいなくなった寂しさか、どこか、うわの空だ。日記を書いてると、そう思い直せるが、少し、大人げない対応してしまったな。

店長が来て、「いろいろありましからね」と下手に出ておだてて、おだてて、帰ってもらう。「お前もがんばれよ」と言って機嫌よく帰っていく。

「あなたより、がんばってるけどな」。

思わずツッコんでしまう言葉を、どうもありがとう。わけの分からない怒りを浴びて、楽しいわけないが、それより「なんで今日は」と、そっちのわだかまりだけが残った。

PS

それからもちょくちょく来る。王さまのご機嫌とりで、つまらんダジャレも笑ってお茶をにごすレジのメンバーたち。相手が笑うから気持ちよくなって、また来る。

「あんまり反応しない方がいいよ」と、レジの人たちにアドバイス。

また、来る。誰もつまらんダジャレに反応しない。王さまは無口になって帰っていく。少し「もののあわれ」を感じる。やっぱり、なんだろ、余裕ないな。

17日「並んでいるお客さん」

をレジに案内する。「お待たせしました。こちらのレジへどうぞ」がマニュアル。

まず「お待たせしました」が抜けた。そんな待たせた記憶がないし、「お待たせしました」と思ってないのに笑顔で「お待たせしました」というほど社交的でもない。

「こちらのレジへどうぞ」の「こちら」は言わなくても分かるし、「どうぞ」なんて歓迎ムードを演出するサービス精神もない。

「いいですよ」と、次のお客さんを案内する。「前のお客さんが終わったら、遠慮しないで、こっちのレジに来ても、いいですよ」の略だと思う。あまり考えたことがない。

「いいよ」。と聞こえたらしい。浅黒いスキンヘッドの兄ちゃんが近づいてくる。ボクの太ももぐらい腕には入れ墨のびっしり彫られている。「いいよだって、いいよ。笑える」と言いながらレジに来る。

「あれ?いいよ、なんてって言ったっけ」。せめて「いいっすよ」のような気もするが。聞き間違い?入れ墨の兄ちゃんは、相方に向かって「いいよ」と言われたことを必死にアピールしている。「いいよ、いいよだって、ヒヒヒッ」。相方は黙って聞いている。そっちの方が怖い。

「いいよって、なんだよ」と凄んでもらったほうが、詫びるなり、対処のしようがあるが、これはなんだろ。「いいよ」と言われたことが面白くないのは確かだけど、一番は相方がいる前で、ナメた案内をされたことが気に入らない、というよりナメられたことを放置すると、あとで相方に怒られると思ったのだろうか。

相方はミニキムチを持って相変わらず黙っている。「お箸つけますか」。お詫びに10本ぐらい付けてもよかったが、「2本で」と、ぼそりと相方は言う。そのまま、去っていく2人。

真っ昼間だからよかったが、夜で、一昔前だったら、けっこう怖い。暴れるとまで言わないが「兄貴に詫び入れろ」なり「店長出せっ」ぐらいはありそうだ。真っ昼間にビールとミニキムチを買いに来るか微妙なところだが。

「あんな二の腕で襲われたら、たまったもんじゃないな」

しばらく動揺する。三つ折り、四つ折りぐらいに体を折り畳まれて、最後はくしゃくしゃ丸められて、近くの川に投げ捨てられてたかもしれない。ああ、怖い怖い。

「いいですよ、と言いました」と言い訳するほどの言い訳でもないし。メンツというのは、めんどうだな。「いいよ」でレジに来ちゃうのもなあ。

「ナメた案内じゃ、テコでも動かねえ」。

ぐらいの気概はあってもいいな。とりあえず、難を逃れてよかった。油断でもないけど、些細なことで日常のペースが乱れる。なかなか元に戻らない。気をつけよう。なんだったんだ?

PS

ボクの両サイドで、棒読みのマニュアル対応と、外国の人の訛りのある丁寧な日本語が聞こえる。順位を付けると、「いいよ」は最下位か。いいですよ、じゃなくて、いいよ。

18日「ビリヤニ」

「びりや二」という自動変換が最初に出てきて、お目当ての「ビリヤニ」はアナログ変換か。

いちいちアナログはめんどうだから、妥協して、自動変換おすすめの「ビリヤ二(数字)」で落ち着こう。

なぜそれを頼んだのか分からないが、「今日はビリヤ二だな」と腹は決まっていた。どう見ても雨が降ってきそうだから、家でステイだけど、雨雲レーダーだとイケそうだ。

「雨が降ってきた」とお勤め帰りの小学生の声が聞こえる。「だから、なんだってんだよ」と、相方の小学生が不良口調で答える。

「え?雨?」と、ボクは身構える。「だから、なんだってんだよ」小学生を見習って「雨が降ろうが槍が降ろうが、ビリヤ二はビリヤ二でビリヤ二だろ。文句あるなら、さっさとあきらめろ」と言えたらよかった。

「どうしよ、どうしよ」と空を見つめる。雨はすぐに止む。さっきの雨はフライングで、あと1時間ぐらいは持ちそうだ。どうする?下駄で濡れたらめんどうだな。「だから、なんだってんだよ」。

「よし、大丈夫」。

空は暗いが、明るいところもある。明るい空だけ見ながらカレー屋さんへ。「エッグビリヤ二、下さい」。店の向かいにマッサージの呼び込みをしている人がいる。軒先から出て通行人に声をかけている。まだ、大丈夫だ。

気がついたら、夢中でビリヤ二を食べている。辛い、暑い。ココナッツソースらしきものをかけてもいいし、かけなくてもいい。どっちなんだ。かけると辛さが和らぐが、カレー味が台無しになる。

そもそも「ビリヤ二」ってなんだ?「エッグビリヤ二」ってエッグはどこだ?卵が2個、ビリヤ二の山から発掘する。2個は多い。うーん、チャーハンみたいに溶いて炒めてあると思った。「ノーマルビリヤ二+隠し卵付き」が正しい表記か。

汗がテーブルにしたたり落ちる。ビリヤ二のおわりが見えてきて、天気が悪かったことを思い出す。「早く、帰ろう」。サービスのアイスチャイを一気飲みする。冷たさで頭が痛くなる。

辛くて暑くて、冷たくて痛い。ビリヤ二にいっさい罪はないが、疲れるディナータイムだった。これで、雨が降っていたら、踏んだり蹴ったりだけど、呼び込みの人は、あれ、軒先の下?恐る恐る外に出る。ありがたい、まだ降ってない。

PS

その数分後に雨が降ってくる。やはり、ステイだったな。また、いらん運を……。

19日「寝違えた、らしい」

らしいじゃなくて、ちゃんと、寝違えたんです。今年、何回目ですか。

朝、起きて気がついたわけでもない。いつも通りの流れで、トイレ。用を足して、トイレットペーパーを巻き巻きして体をひねった瞬間に、「イタっ」と来た。なんだ、この時間差。

そこから、体をひねるたびに痛い。自由に寝転がれない。体をいたわりながら横になる。いつもの横向き姿勢で掛け布団を股に挟むなんてとんでもない。そこが震源地。ためしてみるも「ぎゃー」となる。しょうがないから反対向きか、真正面を向いて寝るしかない。

こんなに寝違えまくったのは生まれて初めてだ。不自由は、ホント楽しくない。あたりまえに動けるありがたさを、寝違えるたびに思うのだが、寝違える現場は寝ているときだから、防ぎようがない。

それでも、なんとかしないと。

だいたい、熱帯夜の日の翌朝に寝違える。寝苦しくて寝相が悪くなるのが原因だろう。エアコンを付けっぱなしにしたいが、それだと寒いし、電気代かかるし、風邪をひくし、最終的には窓を開けて扇風機の風で寝たい。

寝違える姿勢はどんなだろう? 右肩がいつも痛い。寝る姿勢は右肩を下にする横向き姿勢だから、潜在的に寝違える危険があるのか。肩が体の下に食い込みすぎてもイケないし、肩が外に開きすぎたらほとんど、仰向けになる。「いっそ仰向けになるか、逆にうつ伏せになるか」と、あれこれ試みるが、長年の習慣で寝られない。

たぶん、どっちつかずの中途半端な姿勢になったときに寝てしまったのだろう。そのときに運悪く、腕が体の下に食い込むか、変な角度に曲がって、筋をやられる、寝違える。

寝苦しい夏は今年だけではないのになあ。なんで今年だけ3回、はあった気がする。つまり、老いか。体の柔軟性がなくなったか、回復がままならないか。

エアコンに甘えていたかもしれない。エアコンのタイマーが切れて、暑くて起こされて、もう一度、後ろめたさを覚えながらエアコンを入れてタイマーかけて、寝苦しさから解放されて、寝がえりをさぼって、寝違えのかもしれない。

ちゃんと暑くて、ちゃんと寝がえりをしていればよかったのか。扇風機からエアコンに寝がえりした罰か。

PS

しばらく寝るのが大変だと思ったが、翌朝は忘れるぐらい治る。でもやはり、痛くて重い。

20日「ロッカーアピール」

売り出し中のロック歌手の話ではない。銭湯のロッカーにて。60個ぐらいあるのに……

風呂から上がってタオルで体を拭いていると、おじさんがやってくる。「コ」の字に並んだロッカーで、ボクは「コ」の「_」のところにいる。「 ̄」にも「|」にも誰もいない。大丈夫だろう。

おじさんが近づいてくる。「空いてますよ」。見ちゃいない。この並びに来るのは間違いない。せめて、端っこに行くだろう。

全然、近づいてくる。分かった分かった。「あっ」。自分が使っているロッカーが閉まっている。しかも、カギがささった状態で閉まっている。これじゃ、パッと見、「空いてるロッカー」じゃん。

おじさんが目前に。慌てて、不自然に自分のロッカーを開けて見せる。間違って開けたら驚いちゃうでしょ。まさか、強引にボクの着替えを掻き出して、自分の荷物を入れるなんてことは。

おじさん、ボクのロッカーの目の前に迷わず立つ。どうすんだ?おじさん、ボクの真下のロッカーをいきおいよく開ける。そこかっ。せめて、隣でしょ。

着替える間、エアコンの前で待つ。単純に、体を冷やしているだけだが、おじさんはこちらをうかがっている。例のロッカーアピールでボクが上のロッカーを使っていることを知っている。「文句あんのか」という顔に見える。目が悪いから分からないが、そんな雰囲気。

いらんことしなければよかった。「ホント、体を冷やしてるだけなんで」アピールをするハメになる。おじさん、普段どんなスピードで服を脱いでいるか分からないが、急いでいる様子はない。ただ、少しよろけてロッカーにもたられかかっているから、内心、焦っているかもしれない。

気にしないで、ゆっくり脱いでください。おじさんが風呂に行ったあとも、気にしてコッチをチラ見するかもしれないから、「待ってませんでした」アピールをする。

5分ほど、冷えた体をエアコンの前にさらしていた。外はアホみたいに暑いからいいものの。

PS

今日で暑さは落ち着くらしい。銭湯の存在感が日に日に増してきそうだ。

21日「来ない、社員」

風のうわさでは前日、飲み会らしい。電話する気がしん。

59分に来る男。店長のお咎めなし。高校一年生の女子に「友達の待ち合わせじゃない」と叱っておいて、店長。ま、いいか。

あれ、13時。時間、過ぎてる。関係ないが、人が遅刻しそうになったり、したりするとソワソワ、ドキドキ、ワクワクするのは、人の失敗を喜んでしまう、人間の悲しいサガだろう。

なんかい、この人の飲み会明けの遅刻で電話しただろう。それだけならいざ知らず、59分だし、いい子なんだけど、電話するのも釈然としない。ポツリと、

「電話する気、しんわ」

と、もらす。「いいよ、私が残るから」とBさんがすかさず合いの手を出す。言ってみただけで、電話するつもりだったのに、あとに引けない。「いつ来るか、楽しみだね」と顔を見合わす。

Aさんがいたら、AさんとBさんの「残ります合戦」が始まっただろう。あ、その前に、電話したか。少しBさんは厳しい。

さて、まったく来ない。1時間30分すぎて、店長が来る。サラッと説明する。あきれている。あきれたポーズをしている? たぶん、なにも言わないだろう。

週三日休みにしたり、59分出勤を放置したり、社員を甘やかす魂胆はなにか? と、勘繰りたくなる。あとが怖いよ、こんな習慣ついたら。そこか。

高校三年生の男の子が来る。Bさんが交代して帰っていく。怒ってるわけでもなく、ホントにあきれているBさん。

15時の面接の子が「遅刻してくる」と電話がある。「まったく」と店長の目が充血している。昔と違って、これが現代レベル。適者生存、合わせないと身が持たない。

大事なのはシフトを埋めて、自分が休むこと。そこは割り切っていきましょう、店長。できる人だが、長年の習慣があるから、ストレスなのは間違いない。大変だな、これからの管理職。

店長が折れて、さすがに社員に電話するよう指示される。ほったらかした後ろめたさと、ほっとけよという意地悪さが顔を出す。

「おかけになった電話番号は」

と、受話器越し聞こえる。「まさか」と、一瞬、引っ越してもぬけの殻のアパートが浮かぶ。たまにバカになる電話機だから、かけ直す。

十数回のコール音。出ない。今度は行き倒れか、と心配する。ま、寝てるだけだろ、受話器を置こうとする。と、ちゃんと寝ぼけた社員が出る。

「そういうこと」。

特に説明もなく、お互い言葉少なく電話を切る。「大人なんだから」とため息。まだ、若いか。どこまで大人扱いしたらいいんだ。

PS

Aさんがいないシフト。なにごともなく、すすむ。小分けして売るポテトが空になっている。Aさんの仕事、でもないけどAさんしかしない仕事。80グラムごと測って、ポテトを小分けする。隅っこでポテト、分けてたなあ。

22日「ポテトリレー」

Aさんの仕事だったポテトの小分け。謹んで引継がせていただきます。

一袋で挫折した。挫折というより、あきた。「あきた」というより、やり切った感いっぱいで、2袋目はお腹いっぱいでやる気が起こらなかった。

80グラムを6個に分ける。といって、480グラムきっちり入っているわけではない。少し余る。最初はあとあとを考えて、80グラムジャストで分ける。

なんとなく、3個目からアバウトになって85グラムとかなって、5個目に引き締めて、82グラムになる。でも、余る。

「え?90グラムは余裕で超すぞ」。

最初の80グラムに余剰を再分配しないと。平等を叩きこまれた人間は、罪悪感すら覚える。一個目の小袋探す。分からん。小袋が6個ひな鳥のように口を開けている。全部、測り直すのはめんどうだ。「たぶん、奥の角の肩身の狭いやつだ」。

今日、ポテトを使う。小分けしたポテトは違う冷凍庫に入れた、ことを忘れて大きな冷凍庫からポテトを取り出す。

「小分けされている」。

誰だ?社員の子に「Aさんがいなくなったから、俺らで作らんと」という話をした直後。3時間45分遅刻した申し訳なさか、一袋だけ、小分けされている。一袋か、人のこと言えんが。

やがて、ボクもいなくなる。社員の子もかなり危うい。バトンは渡した。社員さんよ、ポテトの小分けリレー、次も頼んますよ。

PS

「誰もやってくれない」。Aさんのポテトの小分け前に発する儀式的な小言。ボクは耳にタコが出来るほど聞いた。正式な教えではないが、ちゃんとバトンは渡しましたよ。

23日「飲み会だった」

おいしい牛すじ屋さんに牛すじを食べまくりの予定が、飲み会だった。

バイトの東南アジアの子たちがダブルワークしてる、おいしい牛すじ屋に行く。超高層ビルが並ぶ一角に、おそろしく猥雑な、戦後むき出しな路地に向かう。今思えば、それだけで腹八分になったから、帰ればよかった。

肝心の牛すじはおいしかったものの、メニューに牛すじが3つしかなく、注文してブーイングを浴びないのは2つ。30分でおわる。

そこから飲んだ人たちのトークショー。ボクはほぼ、飲まないから、シラフで聞くことになる。温度差が出ないようの合わせるのがたいへん。

仕事の話をするのも下世話だが、自己紹介と、恋バナをさせたがるのは、古い。若い子は飲み会で緊張したくないし、イヤなことは話したくない。ボクも若くないが、以下同文。

ずっと避けてきたから、イヤなものは、イヤ。上の世代、同世代でも、そういう話に抵抗がない人が多い。なにが楽しいのかまったく不明だが、気がつくと自分語りになってるから、受け流すのは難しくない。場が流れるのを待つだけ。

どう見ても、楽しくないぞ。

牛すじにつられて失敗した。それにしても、あの子たち、よく働くな。若いから未来からエネルギーをもらってるんだろう。用意されてない、自分ので作る未来か。

PS

二次会。もなにも、寝る時間なので帰る。

24日「一次会メンバーと二次会メンバー」

の見えざる溝のようなものが出来ていた。

溝というより、夏休みに遊んでいた人と塾に行っていた人の差か。昨日と距離は同じなのだが、新しい世界が二次会メンバー間に出来ていた。取り残された感じ。置いてけぼりの感じ。

それだけでもないか。一次会メンバーは二次会を断った人たちなわけで、すなわち、二次会のメンバーより、私生活を取った人たちなわけだから、一種の見切りと言える。見切られた方は、見切られた方同士で温め合うのは道理か。

一次会のメンバーを見ると、中年で、それぞれ好きなことがあって、その生活で充分な人たちと、若い子は目標のある人。

二次会のメンバーは、中年で、さ迷っている人、若い子は迷っている人。どちらがいいというより、帰りたくない気持ちは分かる。

二次会のメンバーの方が早く帰って、対策を練った方がよさそうだが、考えるのがめんどうなのも分かる。群れていても、なにも解決しないと気づいて、いずれは考えるハメになるだろう。それは早い方がいい。

んなことよりも、誘われなかったBさんが気になる。二次会メンバーとの溝は日に日にデカくなっている。Bさんもうすうす感じているだろう。

店長は新しいメンバーを育てるので手いっぱいな感じだ。二人目の子供が生まれて、一人目に手が行かない感じか。家族でもないし、じっと耐える必要は全然ないから、辞めてもいいとは思うけど。

人数はいっぱいいる。「楽ができる」と考えるか。ただね、ブラブラしてても楽しくないし、そのクセ、めんどうな仕事は、こっち持ちだし。

Bさんが、過渡期で混乱しているのは分かる。新しい環境に対応するのも疲れるし、まったく新しい職場も疲れる。

年齢がどちらの選択も難しくしている。「いままでは」という思考があると、シンドイ。つまり、過去の記憶が邪魔をしている。かといって「すべて忘れて」は、無理だろうな。

PS

姉妹店のようなところに借りていた備品を返しに行く。昔っからのパートさんが楽しそうに働いている。ガラパゴス島のように、なにも変わらない環境。どっちがいいのか。

25日「安いラーメン屋」

「安さ」を売りにしていることをアピールし過ぎているから敬遠していたが。

外の看板を見てメニューを決める。380円か。安いのか。外食ラーメンの基準が分からない。ラーメンなんてそんなもん世代。1000円越えのラーメンとか別物、別料理。

客はいない。暖簾をくぐると20円値上がりしていた。400円のラーメン。「値段表記、直した方がいいよ」と言う気もしない。値段に無頓着とも思えないが、「こっちは努力してんだから、いいだろ」。そんな店主の悲鳴が聞こえる。

「限界突破」とメニューの横にポスター。380から400だから、「突破された」が正解か。逆なら、あり。安いラーメンを作る「こころざし」が、長々と和紙にしたためられている。直筆で達筆。分かるが、長い。キャッチな言葉と箇条書きでいいような。そんな器用さは、この店にはアザトイか。

どれだけ本気で安いラーメンを売っているのか。ボクは元・380円ラーメンに目をくれず、うまそうな貝塩ラーメン460(ぐらい。たぶん、暖簾をくぐったら値上がってたと思う)に、肉マシマシ180円(ぐらい。これもたぶん)。

メニューを増やすとコストがかさみそうだが。「安い」というのは入り口で、要は差別化なのか。「安いを目指してる」店。

いつもガラガラの店と思ったら、気がついたら満席。立ち食いの席は空いている。ラーメンの立ち食いもいいな。でも、やっぱりラーメンは座って食べたい。なんでだろ。「レンゲ」を使うからか。何度も口元まで持ってって、すするのがめんどい。

ほとんどの人が元・380円ラーメンの「中」、たぶん、麺の量だと思うが、注文していく。500円。ホンキで安いめしを食おうと思ったら、スーパーの幕の内。500円でお釣りが来ると思うが、どうしても、ラーメンがいいんだな。

外国人の観光客がおそるおそる来る。やはり珍しいか。値段に釣られてじゃないだろう。ボクと同じ、貝塩バターを注文。店員の若い子が英語できるのは、安食堂的には、イメージダウンか。

肉のマシマシは誰も注文しない。なぜ、メニューに入れた?成金やろうみたいで、浮いちゃうよ。

番号が呼ばれて、ラーメンを取りに行く。お皿も、スープを飲む「レンゲ」もプラスチック。中古で陶器を買った方がいいような。でも、安いラーメン屋のアイテムという感じがする。

味はたぶん、高いカップラーメンの方がうまいと思うけど、やはり、店主の熱、人の熱が入った食べ物を、この値段で食べられるのはありがたい。

PS

中間層は難しいか。「安さ」か、「物見遊山」のお客。「安さ」をどれだけ続けられるか。

26日「今日もメールが」

打てなかった。兄貴に「土地くれ」メール。なんでだろ?

二週間ぐらい予定より遅れている。Aさんの辞めた勢いを借りて、「よし、ボクも」とメールを打とうとしたけど、ダメだった。

先週は、余裕でメールが打てると思ったが、ダメだった。いろいろ考えた末、メールが打てなかった。なにを考えたか忘れたが、とにかく結論は「ちょっと待って」。

あらためて考えよう。携帯の充電がめんどいから?引き出しに入ってる携帯は、気がつくと充電が切れている。扇風機のコードをコンセントから抜いて、携帯の充電器をセットするのがめんどいという理由。

「そんなことで?」と、冗談半分に書いたが、そんなことで「一瞬でも躊躇してるのか?」と、ちょっとア然としている。

「じらしている時間が楽しいから」という理由はどうか。待ちくたびれた感しかない。そろそろ動かないとマズいのでは?という焦りしかない。だから、ないとは言えないが違う。

「ちょっと待て。ここ三日の焦りかたは異常だぜ」。確かに。10月1日から郵便料金が上がる。「贈与契約書」などなど、書類のやり取りは必須だから、料金値下げの前におわらせたい。

ざっと200円ぐらい値上る計算か。おいおい、それで休日の大半をそわそわして過ごしたのか。自分のケツを叩いていたのか。勘弁してくれ。たかが、

「ざっと200円のために」。

ここで妥協したら、前途多難というか、先が思いやられるというか、だからおわらせかった。でも、メールしたらあとに引けないよ。「That200円のために」。それでいいの?

あきらめよう。200円は必要経費ね。

じゃ、いつメールをするか。その日は近いのは確かだが、決定打に欠けるのも確か。あるいは、今ではないのかもしれない。あるいは、あるいは。

PS

郵便値上がり。「なんとなく値上がりがイヤだ」と、いくら値上がるか考えないようにした。計算してみると、200円前後。イヤなことこそ、具体的に考えたほうがいい。

27日「外に出ない日」

一日、雨。窓から顔を出して天気を眺めておわり。囚われの身ではぜんぜんないが。

お金を使わないのに、外に出るモチベーションが上がらない。わざわざ上着を着て、靴下を履いて、階段を下りて、傘をさして、用もないのに歩き回りたくない。

雨のせいだと思っていたが、やっぱり、雨のせいか。資源ごみの日だけど、雨でダンボールが濡れるから来週にしたし、おやつも、買うテンションが上がらないし。

都会では、お金を使わないと外に出る価値がない、と気づく。都会にいるのはなぜだろう。お金を稼いで、使うため?

健康のために歩く。田舎のほうがいいでしょう。

田舎に行ったら用もなく歩くか?ほとんど家にいる気もするな。そうすると、火星にいても、地底湖にいても、同じではないか。最初は珍しいけど、あきるわな。窓なんて、気軽に開けられないぞ。

家にずっといるのもシンドイ。外に出るのもめんどい。外に出たら、「元を取ろう」と、それなり観察して、それなりに面白いと思うけど。基本、建物、建物、人、人。

「めんどい」を上回る楽しい予感がない。都会にそれは「お金」が必須。つまり、消費。それも飽きてきた。だから田舎、なのか。それ以上でも、以下でもないかもしれない。

PS

食べ物も同じ。昼に焼きそば、夜に和食。具もまったく同じ。昨日と今日の違いはなんだろう。カレンダーで確認しよう。とりあえず「長生き」は、したか。

28日「同じ苗字の子」

が面接にやってきた。

20年で初ではないだろうか。店長も「同じ苗字だよ」と変なテンションだ。全然、珍しい苗字ではないが、「なんで辞めるタイミングで同じ苗字の子が」と因果はないが、不思議を感じる。

高校三年生の可愛らしい子。とりあえず、遅刻しないでやって来た。一安心。ちなみに、社員は今日も遅刻してきた。Bさんが残業。ここ3か月でBさんは何回、尻拭い残業をしたか分からない。

1時間は面接してる。この長さは採用だろう。いつもなら気軽に「採用っすか」と聞けるが、社員の連続遅刻に憤っていたのか、Bさんの太鼓持ちに忙しかったか、聞くのを忘れる。

その子hs、面接がおわって帰るとき、ボクを物知り顔で見ていった。店長から、さんざ同じ苗字の男がいると聞かされたな。笑顔で挨拶してったから、悪くは言われてないか。良くもなさそうだが。

年齢的には子供ぐらいか。実際、このぐらいの子供が同級生にいるかもしれない。なんとも不思議な感じだ。孫がいる同級生も出てきそうだ。

つつがなく、やめよう。「〇〇の苗字はろくでもない」なんて、その子の足を引っ張らないようにしよう。この店で同じ苗字が続いていく。すぐやめるかも。近所の子だと言ってから、変なやめかたはしないかな。

あとは、まかせた。

29日「カゴダッシュ」

ヤンキーの万引きはポケットでもバックでもなく、買い物カゴに入れて逃走するらしい。

見たことないが、小耳に挟んだ言葉。都市伝説じゃないか。言ってる人も、たぶん噂で聞いたレベルだろう。

考えてみると、忙しいとき、じゃなくても、お客さんをいつも監視してるわけではないから、見た目、普通の人が普通に買い物をしてたら、背を向けてタバコの補充でもしてる。

その人が普通にカゴに目一杯、商品を入れて、そのまま帰っても気づかない。そう言えば、昔、Aさんが「カゴ、少ないくね?」なんて首を傾げてたな。事務所の雑用で使っているか、壊れただけで「気のせいでしょ」と受け流していた。

まさか、カゴダッシュだったのか。

そして、今日。真っ昼間に、まさに白昼堂々、カゴダッシュを見た。容疑者は2歳ぐらいか。レジにお菓子がいっぱい入った、自分より大きなカゴを持ってくる。カゴがレジの高さまで持ちあがらない。

お母さんが「持ってあげる」とその子のカゴに触れるか触れないかした瞬間、

「いやーっ」

と、カゴを持って外に向かって全力で走り出した。お父さんとお母さんが慌てて追いかける、わけでもない。カゴダッシュはとりあえず置いといて、外は危険がいっぱいなのに、なぜ追わない?

レジから身を乗り出して見ると、「待ちなさいっ」というお母さんに言葉が効いて、出入り口の前に立っている2歳児。いろいろ未然に防がれたようだ。

お父さんにカゴごとレジの前に誘導される2歳児。ぜんぜん、納得していないご様子だ。このパターンだとカゴが手から離れた瞬間に、号泣は必至だろう。と、思ったらお菓子の動向に目を光らせている。

対応したレジの子が最優先で、その子のお菓子を小袋に入れて渡す。満足気にその袋を握りしめて、家族と帰っていく2歳児。一件落着、一件落着。

PS

「出たら、捕まっちゃうよ」という言葉で止まったのかな。2歳児にわかるか。母親の大きな声に立ち止まる本能だろう。

30日「話しかけられる」

仕事中でも、話しかけられると戸惑うが、休憩中に外国の人に話しかけられて固まる。

「お兄さん」といきなり話しかけられる。アフリカ系の外国の人で、いつもコーヒーとタバコを買っていく。すぐに覚える。日本語がうまくて、人当たりがいいから尚更だ。

出勤時間といい、日本語の堪能さといい、「学校で日本語を教えている」と勝手に話が出来上がっている。そこまで聞く間柄ではないということ。

「明日から異動だから来れない」と、わざわざレジの中にいるボクに向かって、身を乗り出して言いに来きてくれる。いきなり異国の人がレジに入ってきて、みんな驚いていた。

タバコとコーヒーを覚えていたぐらいで、そんな親しみを覚えてくれて、報告までしてくれて嬉しい。「近くにコンビニありますよ」とエラく、アホな第一声を発してしまった。

相手の苦笑いに、さすがに自分のアホさに気づいて、「何年いたんですか?」と聞く。「5年、ココにいた」。3年ぐらいかと思っていた。5年というと、ちょうどコロナの頃ですね。「そうそう、ちょうどコロナで大変だった」と、会話が温まる。

「じゃ、頑張ってください」と言ったら、相手の人はまた苦笑いしていた。「あれ?また変なこと言ったかな」。もう少し話したかったのかもしれない。話しを打ち切るつもりはなかったけど、それしか言うことないからなあ。

たぶん、この場合は相手が「さよなら」というまで待たないとイケなかったか。

MEMO

「調子に乗ると、ミスる」という自覚まではいいが、じゃ、どうする?「お調子者」は宿命である。

PS

たまにタバコ、間違えた気もする。ホントに、ありがたいことです。

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