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やまま日記10月

1日「バイト延長」

することになった。断る理由がなかったことが悔やまれる、わけではないが。

どれだけ本気か分からないが、店長はとにかく延期してくれと申し出てくれた。「引っ越した先からの往復の新幹線代に、前乗りのホテル代まで出す」と。土日だけ頼む、と。

「山賊みたいな恰好で現れるかもしれない」と、仕事をしないで、ひたすら小屋を建てて、浮世離れした人間になってるかもしれない、とほのめかしても、「それでいい」と。

折れた。

さらに時給を上げてくれと言っても、OKが出ただろう。スーパー社員みたいな待遇を受けるのは精神衛生よろしくないので、ただ、このまま一か月半延長することになった。

店長は本気でそこまでする気があったか分からないが、少なくとも、ボクの移住の本気が、店長の本気に敗けたのは確かだ。「具体的に、なにするの? 決まってなかったら」と、話しがスタート。そういえば、「土地くれ」メールすらまだだったな。うーん、そこまでおっしゃるなら。

11月のおわりまでにダンドリができるのか。そう考えると、年内いっぱいの延長はありがたいのかもしれない。やろうと思えばできるけど、考えを改めることはないけれど、「喝」を入れられた感じか。

「向こうでなにをやるの?」と言われて、ひるんだのは違うよなあ。「なにもしません」と胸を張る必要はないけど、納得して答えられるほど、まだ気持ちの整理が付いていなかった。

なにかをしてもいいけど、しなくてもいい。しないことにも、ある程度「覚悟」がいるってことね。

PS

店長は「ハッタリ屋」のところがある。交渉人としては凄腕。つまり、完敗。もう少し考えればよかった。その場で決めるのは、やめよう。

2日「今日が消えた」

夜中、トイレに起きて寝転がる。デジャブなのか、なんなのか、とにかく、うろたえた。

寝る時間も、寝る姿勢も、起きてトイレに行く時間も、戻ってきて寝る姿勢も同じだったからか、一瞬、「今日ってあったっけ?」と不安になる。

いつもなら「明日も寝てられるし、明後日も寝てられる」と、ほくそ笑んで眠りにつくのに、なんでだろ。あまり感じたことがいない感覚。

「なんとなくおわった今日に後悔」というより、毎日の繰り返しに、頭が「あれ?」となった。あれじゃなくて、いつものように、「今日はここまで」と、納得して寝転がったけど。

雨で一日、家にいるときも、具合が悪いときも、バイトしかない日も、こんなことを感じたことはなかったけどな。

それよりも、さらに、なにもなかったのか。豆腐屋さんでおばあさんが3000円ぐらい買って、その間、後ろでずっと、おばあちゃんの白いシャツから透けて見える黒い下着を見せられたし、コーヒー屋さんのお姉ちゃんが、結婚してるのは指輪で分かってたけど、実際、今日はダンナの姿を見せられたし。あるあるじゃん。

じゃ、あの喪失感はなんだったんだろう。たぶん、頭は小屋を建てる計画でフル稼働してたけど、やってることは判を押したようにいつもと同じ、買い物、読書、焼きそば。そのギャップに、頭が不甲斐なさを覚えたのかもしれない。

寝る前から、その兆候はあったな。そういうとき、お腹が減ってないのに食べるから。それと、小屋を建てる雑誌、小商いをしてる人の本を読んで、落ち込んではないけど、今の自分に少し物足りなさを感じたような、感じないような。

マイペースで進めて行こう。参考書はほどほどに、困ったときに読むぐらいで。頭でシミュレーションしすぎて、あきたらめんどうだ。

PS

久しぶりに30℃も超えたし、ネタもそこそこあるあるだったし。なんだったんだろう。

3日「焼きそばで腹を壊す」

そんなこと、あるんですね。

そういえば、昨日も調子が悪くなったような。心ここにあらずデーだったから、焼きそばでなんで、どうやって腹を壊すんだよ、壊したくても、壊せないって、あははっ、と腹をかかえて笑ってはいない。

今日は、腹が壊れていくのがハッキリ分かった。トイレ行くのは決定、カウントダウンに入る。もしかしたら、何かの間違いで持ち直すかもしれない。だって、え、焼きそばだぜ。

炒めて、炒めて、あるんだぜ。

淡い期待も虚しく、お腹がキュルキュルと悲しく鳴る。焼きそば、お前なのか。

犯人捜しをしても、栓がないがやってみよう。一番の容疑者は肉だと思うが、肉代を渋って笹かまにしたから、笹かまなんて、生で、醤油でイケちゃうわな。

野菜?野菜で腹を壊すとか、あるか。いずれも新鮮じゃないけど、昨日買ったから問題ないだろう。レギュラーメンバー。先週と同じだし。

もやしをちょっと疑っている。もやしは「加熱してお召し上がりください」だから、火がちゃんと通ってなかったかも。いつものタイミングで、いつもの火加減だったけど、普通のもやしじゃなくて、「大豆もやし」にチャレンジしたから。

もやしにあるまじき、大きさと歯ごたえ。主張しまくる大豆のあたま、伸び放題のひげ。いくら炒めても、しんなりしない。もやしだし、そんな悪さしないだろうと、さっさと皿に盛る。こりゃ、歯に挟まりまくるぞ。

生だったのかもしれない。まだ、分からん。明日も食べてみよう。少しだけ、火加減に手加減を加えて。

PS

いつものソースを味ではなく、テリヤキマヨネーズ味に挑戦した。テリマヨ、君なのか。

4日「洗濯物VS雨雲」

朝はめちゃ晴れていたし、天気予報も悪くないし、昨日だって昼まで大丈夫だったし。

と、思ってたらだんだん、空は雲に覆われて、風が強くなってくる。洗濯がおわって窓を開けると、どう見ても暗くて黒い雲が垂れ込めている。とりあえず、贅沢は言わない、晴れはあきらめよう、今日はくもりのちのち雨、かもしれない。

冷たい風と黒い空。かまわず洗濯物を干す。大丈夫、大丈夫……。もしかしたら天気予報、外れたかもしれない。いや、すぐに晴れるさ。晴れんでも今日はくもりのはず。

あたり一面、黒い雲に覆われて、夕方よりも暗くなる。これは、これは、どう見ても雨が降るぞ。渋々、頭を切り替えて、ぶつぶつ言いながら、洗濯をしまう。

「最近の天気ってやつは」

でも、やっぱりもう少し待とう。と、思ってたら物干しにさっきまでなかった水滴がついている。いやいや、気のせいだろ。だって今日は、あれ、また。

「降ってきたっ」

落ち着け落ち着けと、洗濯物を慌てず騒がずしまう。しまい終わって、「空振りじゃないのか」と、思った数秒後「ザザーっ」と大雨が降る。助かった。

30分もしないで雨が止む。そこから降ったり、晴れたりの繰り返し。ネットで雨雲レーダーを見ると、干そうとした時間、思いっきり雨雲に覆われていた。空みりゃ分かるでしょ。

雨雲レーダーさんは午後から雨雲がなくなると教えてくれる。11時。少し早いが晴れている。大丈夫だろう。風は相変わらず強いが洗濯物を出す。

1時間もしないうちに、また曇ってくる。雨雲レーダーさんを信じよう。黒い雲がポツンと洗濯物の真上に近づいてくる。雨雲レーダーさん的には。

「いや、こりゃ降るぞ」

なまけ心にムチ打って洗濯物をしまう。まさにその瞬間、雨粒が物干し台にポツリと落ちる。「やっぱりじゃん」。いそいで洗濯物をしまう。またその数秒後、雨が降ってくる。

そして、すぐ止む。これでおわりか。洗濯物を出していいのか。出したりしまったり、もうたくさんっす。午後の1時間の晴れと風のおかげで、だいたい乾いている洗濯物。ええい、しまっちまいましょう。

最後は部屋干しになった。それから雨は降ったのだろうか。天気予報はあてになるのか、ならないのか。そんなに忙しい洗濯干しは、久しぶりだ。

天気に勝ちも負けもない。素直に空を見て決めよう。

PS

銭湯に行く時間にまた奴が来た。シャワーで済ます。シャワーから出るころには、雨で浄化されたキレイな空が見えた。

5日「なよなよしていく子、しっかりしていく子」

今日の午後のシフトは、高1の女の子と高3の男のお守りだった。

高1の女の子は例の女の子で、大丈夫じゃないのは織り込み済みだったけど、高3の子は最近、入ってきた子。立派な職業に就く予定のシャキッとしていた。最敬礼の挨拶少年。

最敬礼くんに任せて大丈夫だろう。高1の女の子に、困ったら隣のレジにいる最敬礼くんに「お兄ちゃんっ」て呼んで助けてもらってね、と言って品出しに出る。

同世代でそれなりに話しが弾んでもいないが、学校トークが聞こえる。英検がどうだの、こうだの、懐かしい会話に苦笑い。あんな時代があったなあ。

高3の子は月曜、「お熱が出て」休んだ。今日も電話があって、「またか」と話しを聞く。シフトが2時間早くなっているので「ホントにそうなってますか」と、心配で確認したいらしい。前の日、シフトに入ってるぞ。そこで確認しなかったか。

「ガスの元栓」的な心配のたぐいか。何回、確認しても安心できない人か。

仕事の手を止めて、大丈夫と安心させる。最敬礼くんは時間通りやってきて、「電話の対応、ありがとうございます」とお礼を言う。最敬礼はしなかったが。

なんとなく、会った時のいきおいがない。経験者ということを聞いていたが、クーポンの使い方どころか、普通に「使えません」とお客さんに断っている。両替も、でたらめな場所にお金を入れたり、心、ココにあらずか。

5時になる。あがる時間だ。忘れて仕事をしている。高1の女の子が「5時です。上がってもいいですか」と聞かれる。「おおっ」。接客にビクビク、店長にビクビク、あれもこれもビクビクしていた、あの子が、つい先日も、あがる時間を忘れて5分ぐらい放置されても、何も言えなかった子が「あがっていいですか」とは。

そういえば、「英検」の話も彼女から振っていたな。しかも、最敬礼くんより、級が上らしい。雨でヒマだから、レジのお金を数えてもらったときは、計算力に、はなはだ疑問を感じだが、文系の能力はあるのか。

高1の女の子は「やり直し」と言っても、素直にやり直していた。高3の男の子はボクの雑な説明でしきりうなずいていたが、分かってないな。お札の数え方がヘタすぎる。そういえば、自動レジでお札を数えることもないから、致し方ないか。「教えてください」。いいけど、問題はレジ内の金額だからね。

素直に粘る女子と、適当にサボる男子。少しずつ人間力に差が出てきてしまっている。

PS

レジ内の10円の束50枚。さんざん考えて電卓に「50円」と打ち込んで、合計金額が合わずに首を傾げる少女。もう一度、やってみよう。

6日「ウソ、かな?」

その一線を、まさに飛び越えんとする青年の声。

夕方のシフトは5時から。その20分前に電話がある。新人の大学生の男の子から。この時間+新人=「お休みしたいです」。「はいはい」と、ため息まじりに受話器を取る。

「あの、あの」

分かってるよ、言ってごらん。青年はノドにつかえて言葉が出てこない。ノドの出入り口で何かとあらがっている気配。ウソを付けない、付きたくない。その葛藤か。

「行きたくないので休みます」。そう素直に言ってくれてた方が清々しくて、許せる。その前に電話しないと思うが。ま、よくある話しです。

あっさりウソをつける人もいる。バイトを休むために、身内が何回もお亡くなりなる人もいる。そこまでいくと、違う世界の住人だけど。

「体の調子が悪いので」

青年は絞り出すように言う。言ってしまった後悔と、葛藤から逃れでた安堵の声。ホントに体調が悪いのかもしれない。ギリギリまで粘ったのかもしれない。

このパターンで長続きした人はいないけれど、それよりもまだ見ぬ青年の未来に、少しだけ同情してしまう。

PS

この子と東南アジアの新人の子が夕方のシフト。どう見ても、危ない。残業、決定。

7日「ぬか漬けの寿命」

一日一回から、二日に一回、三日に一回から、三日に一回ぐらいは、かき混ぜてます。

三日に一回ぐらいだと、表面がぬか漬けカラーではなくて、酒粕カラーになっている。匂いは香しすぎる発酵臭。

基本は涼しいところで、毎日かきまぜる。それはできない。冷蔵庫だと、ぬか漬け菌の動きがにぶくなる。「二日に一回でいいと思います」。

そもそも、なぜぬか漬けなんだ。とりあえず、漬物を買うと高いから。それでも、かきまぜる苦労、三日放置してときの罪悪感、フタを開けるまえのザワザワ感を考えると、負担が大きすぎるぞ。

そうだ、ニンジンがうまかった。

初めてぬか漬けして、ニンジンを食べたときのおいしさ。その貯金があるからか。でも、その貯金が目減りしている。あの時のおいしさが、戻って来ない。ぬか漬けも元気もない。三日かき混ぜなくても、「おりゃ」とひっくり返して一日すれば、テカテカ輝いていたのに。

ぬか漬けの量も減っている。かき混ぜるごとに手に付く。ちなみにボクは、ぬか漬け専用の木のしゃもじを使っている。こだわりでもなんでもなく、閉店セールの安売りでご飯用に買ったが、ご飯粒が想像以上に張り付いたので、使うのをやめた。

捨てる神あれば、かき混ぜる神ありか。

「冷蔵庫だとかき混ぜるとき、手が冷たい」とおっしゃるBさんに「しゃもじかき混ぜ」を提案して「なるほどっ」とガッテンしてたな。さてどうなったか。

味がいまいちだと、付けるテンションが上がらない。それよりも、ご飯を食べなくなった。アツアツのごはんに、漬物。これとみそ汁があれば生きていけるが、それがめんどうで、一週間に一回だけの炊飯。

そうか、問題はお米とお付き合いにあったか。

引っ越し先にぬか漬けを連れていくか。このまま減るに任せて、さよならするか。ご飯を食べる習慣は戻ってくるのか。まだ、見えてこない。

ぬか漬け菌は今日も冷蔵庫で頑張っている。出来れば連れていきたいが、いたずらな延命も避けたいところ。

PS

たまに、「うまいっ」ときがある。ニンジン、漬け時間、体調、すべて整ったときの奇跡を味わう。

8日「スーパーの雨の日、傘袋マシーンのお出迎え」

そこに傘を差し込めば、ビニールにくるまれた傘のできあがり。

そんなに買う予定がないとき、どうするか。霧雨の雨を含んだ傘はどっしり重い。このまま入ろうか傘袋マシーンの頼ろうか。

出入り口で傘をたたんで、剣道の素振りを夏合宿レベルで頑張っても、雨粒を全部、落とすことはできない。雨粒は確実に、垂れて、スーパーの床を濡らすのは確かだろう。頭の中でスーパー内を最速でレジまで移動する導線を描くが、文字通り背後には雨粒の「……」が残るだろう。

レジ袋は有料になって、100%マイバックと無縁の中年おじさんが、クシャクシャの黄ばんだマイバックを持ち始めた。「傘袋もそうすれば」と思うが、誰も買わないとほぼ断言できる。10円入れてガチャは、ちょっとした遊びの需要はありそうだが。

安売りコーナーの前に、ちょっとした池ができるだろう。

そして、今日。「ええいっ」と傘をマシーンに差し込む。たまにしか使わないから、傘の差し込みが甘くてゴムがバカになったハイソックスみたいになる。でも、楽しい。10円入れてもいい。ちょっとした遊びの需要はありそう。ビニールの柄を人気チャラクターにしたら。

コーヒーを買って立ち止まる。このまま「帰れない」。すでにマイバックはユニフォームが入っている。焼きそばセットを買いたいが到底、入らない。そのためにビニールを買うのも。

仕方なく、レジに向かう。一度一会のビニール袋。ビニールの底にたまった雨粒が生きた証か。出入り口に捨てられた大量のそれ。申し訳ない気持ちで、傘からビニールを取って、申し訳ない気持ちで押し込む。お疲れさまでした。

PS

出入り口に「ガチャ」に失敗したらしき未使用のビニール傘袋。なんとも思わなかったが、今思うと、もったいない気持ちと、哀れみを覚える。

9日「大雨のゴミ出し」

晴れだったら考えないあれこれ。

「大雨だなあ、本降りだなあ」と、まったり朝の白湯をすすっていると、「あ、ゴミの日だ」と緊張する。緊張するほどのことでもないが。さて、どうする?

まずは、「濡れる」。そこまでしてゴミは出すものなのか。真夏でもなし、一回ぐらいスルーしてもいいのでは。いや、こういうちょっとしたことで、ゴミ屋敷が始まるかもしれない。

次は「それでもスルーしたら」。次は三日後。ゴミ箱は溢れないと思う。真夏でもないし、いろいろゴミ箱内で生まれないだろう。匂いも大丈夫そうだ。

ただ、「カラス問題」があった。

今日は休みだから、カラス対策でギリギリまでねばってからゴミを出せる。でも次の回収はバイトの日、帰ってきたら見られて困るゴミはないが、残飯の「ざ」の字もないゴミに、カラスが逆上してとゴミをまき散らしてるもしれない。

その次は「濡れてまでゴミを出すのは正解か」。家の前の塀にゴミを出す。少し離れていれば傘をさしてそこそこ濡れても「仕方ないね」で済む。家の前のだと傘をさすと、もたついて逆に濡れる。この「逆」がバカバカしい。かといって、傘をささないと、なお濡れる。

一瞬だけ飛び出して「えいっ」とゴミを置いて建物に身を隠すか。いつもよりゴミが家の出口よりになる。ゴミ回収の人たちの導線は、向かいのゴミステーションにボクのゴミをあらかじめまとめてからゴミ収集車に投げ込む。

ボクのゴミを家の「出入り口側」に置くと、ゴミ回収の人たちがボクのゴミを取りに来るまで距離が「30センチ」ぐらい遠くなる。しかも、本降りの雨の中。

できん、そんなわがまま。

そして最後。往生際が悪く「雨が止むのを信じてギリギリまで待つ」。ゴミの回収時間は敬礼時間。いつもゴミを回収してくれるありがたさ。今日は本降りの雨、なおさらありがたい。

タイムオーバー。8時50分。「あきあらめろっ」と、雨は容赦なく降り続けている。「はいはい、分かりました」。ゴミの口をしばって玄関へ。足が濡れないように靴下を履いて雨靴を履こうか。「ええいっ、下駄でいい」。

「おりゃ」と、雨の中を飛び出す。たぶん、ゴミを出す瞬間、引きつった半笑い顔をしてたと思う。1mぐらい上からそんな自分の姿が見えたから情けないような、恥ずかしいような。

「うわー、濡れるっ」。雨粒より、屋根から落ちるデカい水滴が何回も直撃する。ゴミを家の入り口側に置きそうになる誘惑に打ち勝って、いや、すぐ白旗をあげて、でもいつもより15センチの距離までねばって置く。

ごみ収集の方へ。すいません、いつもより微妙に遠いです。

やりおえた充実感で玄関に向かう。濡れた衣服が重い。ゴミ出しで午前中の、つまり一日の貴重な時間をアホな葛藤に使ってしまった。やれやれ。

PS

おかげでゴミ箱は空。捨てて正解だったなあ。しかし、人生の葛藤は続く。

10日「店内の裏切り者」

そこに座っている男は、浮気しまくっていたことを誰も知らない。

知っていたかもしれない。知っていて知らないフリをしていたのかもしれない。そんなヒマじゃないかもしれない。

いつものカレー屋さんではなくて、元・いつものカレー屋さんに行った。チーズナンを食べたくて1000円を握りしめて、いつものカレー屋さんに行く。その時は、元・いつものカレー屋さんのことは頭になかった。

「チーズカレー1200円」。

200円足らん。あれ? 値上げ。そもそも1000円だったかも記憶が危うい。1100だったような。じゃ、どっちにしても足んないじゃん。

家に取りに行くか。「全然行けるが、あっ」。ご無沙汰のカレー屋さんはどうだろ? 1000円じゃなかったっけ。このご時世、半年も行かないと値上げしてるか。

元・いつものカレー屋さんに行く道すがら、200円の重さが軽くなったり、重くなったりする。両方のチーズナンの味を知っている。知っているから、いつものカレー屋さんが、いつものカレー屋さんじゃなくなって、いつものカレー屋さんが、いつものカレー屋さんになったのだ。

そもそも、1000円を握って出たときに、ホントに元・いつものカレー屋さんのことが頭になかったか。お金が足りない可能性を考えなかったか。

味ではなく、値段に振り回されただけでは?

休みの日にカレー屋さんのオーナーを見かけたら、その日にオーナーの店にカレーを食べに行くという謎のルールがあった。「なにかの縁だろ」。今日はいつもカレー屋さんのオーナーを見かけた。「なにかの縁」を断ち切ってまで、取りに行くのがめんどうな、いや目先の200円のために。

元・いつものカレー屋さんに入る。外国おばちゃんはいつも通りそこにいて「久しぶりね」と笑顔で手拭いを出してくれる。

すいません、浮気してました。

と、取り残されたテーブルが取り調べ室に変わり、自供したい気持ちにかられた思ったら「胃が弱ってね」と、ウソの自白も頭をかすめる。サービスでミニカパオライスなんて出されたら泣き出したかもしれない。

みんな働いている。コックさんも、おばちゃんも、出前の人も、あっ、オーナーまで来た。大きな買い出しの荷物。ボクの姿を見て「久しぶり」と声をかけると思ったが、ない。もしかして、バレてる?とっくに、過去の人か。

おいしい。というより、懐かしいか。やはり、いつものカレー屋さんの方が……。もう、浮気ではないか。お友達としてお付き合いしていこう。

200円のお得感は、皆無もいいとこだった。損得勘定の前に、少しだけ未来を想像してみよう。

PS

次、いつものカレー屋さんに行ったとき、ホントの浮気の罪悪感が待っている。

11日「豆腐220円」

値上げして1か月ぐらい。100円玉2枚、10円玉2枚なんて、常時サイフにあるわけない。

できれば、ちょっきりニコニコ会計をしたい。小さなお店だから両替がたいへん。銀行の手数料もぜんぜん、良心的じゃないので。

たぶん、5回に1回も「ちょっきりニコニコ」はないだろうと思っていた。値上げ前の200円でも3回に1回あったか。不思議と100円玉2枚がない。1000円札、500円玉、あと50円玉1枚と10円玉5枚の組み合わせとか。

たまに豆腐200円と油揚げ100円で10000万円札を出す人がいる。仕方ないけど、せめて銀行の手数料を考えて、「がんもどき」の一つでもプラスしたらと思ってしまう。

今日はどうだろ。小銭入れが軽い。1000円か。豆腐屋さんもこの微妙な値段でいつもより小銭はあるだろうけど。おっ。100円玉2枚ある。10円ある。でも1枚か。足らん。あっ、50円見っけ。

チラッと10円玉がもう一枚見えたような。そんな都合のいい偶然ない。目の錯覚だろう。250円-220円=30円。上出来だろう。

絹豆腐を買う。切り分けてるあいだに小銭入れを開ける。ん?10円が2枚あるぞ。そんなバカな。うれしい悲鳴を上げる。真っ黒になった小銭入れからやさしく10円玉を取り出す。

日頃のおこないの良さが出たな。とはいえ、値上げして5回目ぐらいの絹豆腐220円だけど、そのうち、3回は220円ちょっきりニコニコ会計だぞ。

確率が上がっているぞ。

偶然にしてはスゴい。この偶然が、なぜ生まれたのか考えよう。小銭を使うことがほぼないから、豆腐屋さんで1000円を崩して、豆腐屋さんで使ってるだけか。220円だから、小銭が多く出る。

おつりを使っているだけだったか。

待てよ、昨日のチーズナン200円。あそこでいつものカレー屋さんだったら、今日の200円はない。だとしたら、この200円は、日頃のおこないの良さではないのかもしれない。

足りてうれしいような、うれしくないような。ニコニコできない、ちょっきり会計でした。

PS

豆腐屋さんに1000円。払う時に申し訳なさは覚えるだろうが、崩した小銭をまた豆腐屋さんで使うと分かってよかった。日記のおかげね。

12日「10%還元」

するクレジットカードの話題で、朝の事務所は浮ついていた。

めんどうなサービス、クレームの種になるサービスをまた始めたか。まあ、興味ない。浮かれた店長の説明を、興味深く聞くフリまでしないが、一応、仕事だから聞く。

さっそくいろいろめんどうな手続きをして、クレジットカードを申し込んだらしい店長。Bさんも色めきたっていたが、10%還元までの道のりが果てしなくて、トーンダウンしてたな。

不思議なのは、「〇〇も対象ですが、大々的にアピールしないでください」と注意書きがしてあったこと。すぐに広まると思うが。還元しすぎたら、困るらしい。

商売でやってるんだから、そうだろう。たいした金額にならない前提で、クレジットカードの利用者を増やすためのキャンペーン。手数料収入で、半分ぐらいその場でペイできそう。

手数料を払う販売店にとっては、クレジットカード払いは、利用金額が高くないと、そんなにうれしくない。クレジット払いより、手数料のない現金、両替の手数料を考えると電子マネーはもっと、ありがたい。

得してるようだけど、個人情報を見せるわけだから、危険だと思う。個人情報は目先の10%還元より、はるかに大事。これだけ情報流出さわぎがあるんだから。

すでにキャンペーンのカードを持っている人だけは、お得。うーん、送料無料にするための「付け足し買い物」のようなことをしなければ、ね。

PS

それでも、「永遠に10%還元はスゴい」と思ったら、一か月ちょっと限定だった。一日の還元金額の制限もあるぞ。それでも10%還元はデカい。いつも使ってるカードだったらなあ。でも、いいか。

いらん買い物を考えてる時間、これが一番もったいないよ。

13日「クーポン使わないプレイ」

をするかしないか、考えることはまことに、まことに。

二個買うと飲み物クーポンをもらえるキャンペーンをしていた。さすがにいらないものを、しかもいらない飲み物のために、二個も買う人はこの世にそんなにいないだろう。

と思っていたら、けっこういたらしい。数字だけしか聞かされてないし、興味もないけど、その異様な増え方には少しだけ「え?」となった。いるのか、どんな人たちだろ。

二人ほど、そのクーポンを手にやってきた。浮浪者風のおじさんと、おばあちゃん。お兄ちゃんもいたか。三人。けっこういるな。

おばあちゃんは、キャンペーンというより、欲しいものを買ってクーポンもらってラッキーという感じか。今日も買い物ついでに「これ、くれるって言ったけど」と、うれしいそうに飲み物をもらって帰っていった。

お兄ちゃんも買い物ついで。この人の場合はどうだろう。欲しいものをあと一個買えばもらえるという感じか。もらえる飲み物が魅力的だったのかもしれない。キャンペーン対象がすぐ食べないとイケない食べものだから、そう考えると、少し不自然な食べ方をしたな。

浮浪者風のおじさんはどうだろう。キャンペーンにお金を使ってる場合じゃない。ホントにそれが欲しかったのか。外看板にライト付きでデカデカ「〇〇一個無料」と書かれて誘われてきたのか。そんなにお腹のふくれるものではないし、飲み物がその場で欲しかったわけでもない。

「お得感」を消費したということか。実質、マイナスだと思うが。

ボクのカードケースにクーポンが一枚ある。もちろん、欲しいものを買ったときについてきたラッキークーポン。でも、使っていない。クーポンに振り回されたくないから、放置しているのではなくて、後回しにして、忘れているだけ。

「あっ、クーポン。次、使おう」の方が、お楽しみがあってうれしい。

たぶん、期限が切れていると思う。そのとき、「ま、いいか」と捨てるのも、潔くていい。マネできる人は今日の登場人物のなかにいないだろう。

PS

クーポン使わないプレイ。良い子はマネするように。

14日「家の前にマスクの怪」

マスクが落ちていた。指紋に唾液に皮膚のDNA。犯人は君だ。

これで二度目か。コロナが猛威を振るっていたとき(今もそうだが)一回あった。白いチョークの線でマスクを囲んでみたくなった。つまり、犯罪級のポイ捨て。

どういう流れでこんなことになったが事情聴取してみたい。ここは君の家の前か。せめて、捨てるならそこだろ。帰宅途中だと思うが、それまでソーシャルディスタンスを取り続けられる自信がどこから来るのか。油断大敵よ、ホント。

耳にかけるゴムが切れて捨てたなら分かるけど、坂をのぼり切ったところで息苦しくて捨てるなら分かるけど、7~8合目ぐらいだし。

「いやいやマスクを付けてる」ってのは分かるけど、マスクだけの問題じゃないだろうな。マスクは味方よ。問題は私生活ね。ま、もう言うことないけど、一言。

こういう人間の方がコロナより怖い。

PS

マスクを拾うとき、抵抗がなかった。もちろん、直接さわらないけど、ただのゴミに格下げされてた。

15日「チラシ貼り」

パンを二つ買うと「30円引き」のミニチラシを、200枚ぐらい貼らせていただいた。

これは、修行だな。朝のピークで一人、黙々とチラシをセロテープで貼っていく。セールだから、いつもの2倍はパンがある。3倍?最初は「売れ残りにしては多いな」と首を傾げていたが、考えたら当たり前か。

せめて静かに貼らせていただけたらありがたい。忙しい出勤の人たちが背後で忙しく動き回る。レジの目の前の通りになるから尚更、「邪魔くさい店員だな」と思われまくっただろう。お客さんがパンの棚に手を伸ばすたびに「すいません」と身を引く。

しだいに腐ってくるのが分かる。デカいポップが外の看板にも、パンコーナーにもあるのに、ミニチラシなんぞ貼らんでもいいでしょ。しかも、朝ピークの時間に。どう見ても、夜勤の仕事じゃないですか。

こういう地味な内職仕事を、人にジロジロ見られるのも恥ずかしい。今日から一週間セールがあるというではないか。今日だけじゃないのか。やりたくない。やりたくなーい。つうか、やらない。辞める。普通に、辞めてやる。

雑念の嵐。手先に集中しないから、ミニチラシが手からヒラヒラ落ちる。拾う姿がなんとも情けない。セロテープ本体を、いちいち移動するものめんどい。棚がせまくてセロテープ本体が入らん。遠い。愚痴のオンパレードになる。「不満」というのはこんな具合に自己増殖していくのか。

世に不満の種がつきることなし、だな。

これでは今日が台無しだ。「淡々とチラシを貼ろう」。どこかでアラーム音がする。エラーを直しながら、相手に教える語気が荒い。イライラが伝わってしまったか。後の祭りだが、なんとかしないと。

朝のピークもおわり、チラシ貼りも慣れて、おわりも見えてくると、だいぶ気分がいい。チラシ貼りに楽しい要素はゼロだけど、不満のどろ沼から脱したからか、なんとなく機嫌がいい。

ヤンキー座りでチラシ貼りにラストスパート。やり終えても、なんの感慨もない。やりたくない仕事、つまらない仕事を、無理に楽しくしようとしない方がいいな。だって、楽しくないものは楽しくない。「つまらんものは、つまらん」と、素直に思えてから、不満が消えていった。

「不満を抱いてはイケない」は、不満の種です。

PS

レジにいた外国人の子がお茶をおごってくれた。なんでだろと思いながらゴチになる。いま考えると、目の前でひたすらチラシ貼りする外国人に、同情したのではなかろうか。

16日「間違いではないだろう電話」

昼間に何回かあった。用がないので、出ない。

珍しく携帯がバイブする。普段は、電源切れを知らせる「断末魔の叫びバイブ」だけ。今日は長い。しかも、3回。1回目から2時間後に立て続けに2回。

悪い知らせか。さすがに手に取る。兄貴からではない。それでは誰?「06」の大阪ナンバー。まったく身に覚えがない。これだけ続けてくるから、間違いではないだろう。

知らない人に付いて行かないと教えられたので、知らない人の電話には出ない。幼児教育のたまもの。謹んで、スルーする。3回目はさすがにうるさい。チラッと画面を見ると、断末魔の叫びも混じってたみたいだ。「電源の節約のため」と、相手に言い訳もできた。つつがなく、電源を切る。

誰だろう。しばらく見当がつかなかったが、なんとなく、思い当たる節があるような。大阪ナンバー、大阪サンバー。一瞬、ボクのIDを盗んで借金した人がいて、その借金の催促の電話かなと思った。関西弁でまくし立てられらどうしよ。いろいろシミュレーションしようと思ったけど、なるようにしかならないから、止めた。

たぶん、年金機構の下請けの人からだと、ホント、テキトーに当てをつける。昔の免除かなんかの年金が払えるようになったとのお知らせだったような。お役所とは思えない、ガツガツしたトーンの声だった。

「年金ヤバいんだな。こういうテレアポみたいな業者を雇いだしたな」

という印象を覚えた。その前に知らない番号でよく電話に出たな。今より勇敢だったのか、はたまた。全然、違うかもしれないけど、番号を調べれば分かるけど、ま、いいか。

AさんとBさんと食事中だった。心配させてしまったな。人気者だと思われたか。携帯いじりは、場の空気を見事に壊しますな。迷子になったとき用に持ってきたけど、失敗。

PS

ランチのステーキ屋の店員さんは全員女性で、喫茶店の店員さんはほぼ野郎だった。肉食女子と草食男子が止まらない。

17日「間違いであってほしい電話」

間違いに気づかないで今日も電話をかけてきた。さすがに気になって調べると病院からだった。

朝の9時、電話が鳴る。まさかの二日またぎの間違い電話。昨日の夕方にもかけて来ていた。合計7回か。ヘタないたずら電話より回数が多いぞ。ホントに借金取りかも。

気になって調べる。電話番号検索のサイトに登録されてない電話番号だったら怖い。その筋の事務所からだったら登録はしてないから。

電話番号をサイトに打ち込む。〇〇病院がヒットする。病院?関西の病院?なんで?関西の病院から矢の催促のような電話が来る理由がまったく思い当たらない。

家族に何かあった?東海の人だから、なんで関西?旅行に行ったか?そこで事故?どういうこと?関西で一家心中?え?いやいや、それだったら病院からではなくて、警察だよな。

兄貴に電話して確認することでもない。ホントになにかあったら、留守電にメッセージが残っているだろう。たぶん、間違いだろう。

それにしてもしつこい。病院からこんな矢継ぎ早に電話される人ってどんな人だろう。大事な要件か。一瞬、「間違い電話ですよ」と間違いを知らせる電話をしようか迷う。

それだったらそれこそ留守電だし、朝の9時まで待って電話してきて、17時でピタリと電話がこないのも、まんま営業時間だけの間柄だし。

それからピタリと電話が止んだ。と、思う。さすがに気づいたか。休みの日にそんな電話を気にしたくない。ゆえに、着信を見ていない。でも、気になる。病院、病院か。休みが二日潰れたようなもん。ホント、人騒がせな間違い電話、だと思う。

「すみません。間違いでした」と電話してきたら、間違い電話ではないが、間違った電話。

PS

「まさか家族が」と考える機会をもらった。それと、一寸先はやっぱり闇ね。

18日「最年少記録」

銭湯で子供の声。よく見なくても、赤ん坊。

まだ歩けないと思う。ポツンと座らされている。お父さんが服を脱ぎおえて、子供にタオルを渡す。気持ちよく、タオルを投げ捨てるベイビー。

お父さん、ベイビーの上着を脱がせて、寝転がす。フワフワの紙オムツを履いている。もっと、暴れるかと思ったら、ピクリともしない。足を空中に浮かせたまま。腹筋か、ベイビーの基本姿勢か。

お父さんがベイビーを担いで風呂場に向かう。若いお父さん。大丈夫かな。周りの男たちは、遠巻きに見守る。雰囲気が和む。

出た人間は微笑ましく観察できるが、隣に座られたら、目が離せない。湯舟なら即席ライフセーバーに。

なにより、気持ちよくて、股間から黄色ものが漂ってこないか心配だ。

19日「江戸っ子」

バイト近くのお祭り。半纏をきた人がチラホラ。

のし袋を買ったお客さん。「奉納」という字を書きたいけど「納」という字が分からん。お祭りで神社に持っていくのか。

「納」は納品の納。糸へんで。「糸へんじゃないよ、糸へんじゃ」。巻き舌で言う。糸へんですよ。そうじゃなくて、「奉」の方だよ。ほう。聞き間違えたか。

ここに書いてんだけど、見えないんだよ。スマホを見せて巻き舌で言う。上が三本線で下がなに?ええと、二本線です。上が突き出てます。出てる?上が出てる二本線ねっ。

「あと名前かって、私の名前を書くのか」。一人で乗りツッコみを入れる。「あんがと」と小気味のいい挨拶をして帰っていくおばちゃん。短気で巻き舌。小気味いい挨拶。あんた、江戸っ子だね。

PS

1か月半もPVが「0」だと、こんなに書くのがいっぱいいっぱいになるのか。これもまた、勉強だけどね。

20日「その男、転売ヤー?」

某カードを買いに来たおじさん。1~2時間後にまた現れる、休日の朝。

一度目はお客さん。某カードをその年齢で買うのは、遊ぶ目的とは考えにくいが、遊ばない目的とはかぎらないし、遊ばない目的でも違法じゃないから売る。

一回5枚まで。

いわずもがな、一日一回お一人5枚までの意味だと思うが、一回としか書いてないのも確か。1~2時間後ぐらいに現れるおじさん。全然、気がつかないで注文を受ける。

某カード5枚ください。はい。

カードを取りながら「あれ?」と手が止まる。見たことある人?カードを手にお客さんを見る。この服と背格好は、さっきの人かもしれない。

サイフを用意して待っているおじさん。一度、注文を受けて、買う気まんまんで身構えているおじさんに「さっき買いましたよね」と聞きづらい。

どうする?別人かもしれない。同じ背格好の男を雇って同じ服を着せて、店員が間違えて「さっき買いましたよね」と声をかけさせて「違います」と遊んでいるのかもしれない。

単純に「買ってません」と言われたどうする?防犯カメラに映ってますけど。それこそ、分からんように変装してきてほしい。「証拠を見せろ」と言ってカメラを見せても別人と言いそうだ。

「一回ってことは、また来たらOKということでしょ」。確かに1~2時間あけてこられてコッチも知らずに受けてしまった。注意書きはそこまで想定してない。でもそういう意味でしょ。言葉の意味をおじさんに説明するのか。それより、一回帰って、潜伏して戻ってくる人は通常か。

休日の朝に、なにしてんのこのおじさん。

とことん争うことでもないし、注意書きのとおりだと一理ある。「一日」と書かなきゃイケないのか。おそらく転売ヤーだからもめたら「警察、呼びます」で退散するだろうけど。

そうこうしてるうちに会計がおわる。また来たら手ぶらでお帰りいただこう。

22日「電話に出ないなら出ない」

電話に出たのにすぐに切った話を聞いた。それも二回。相手が怒るのは仕方ないね。

夜勤の60すぎのおじさんが遅刻する電話をした。60すぎで、夜勤で遅刻ってそもそも情けない話なのだが。

電話先には高校生と外国の人しかいない。高校生が出るしかないのだが、電話に出たことがないらしい。電話に出たことはあるだろうけど、店の電話はない。

前に働いていた店で「出るな」と怒られたからというのが理由。それではホッとけばいい。忙しくて出れないことは全然、ある。

先週か先々週にもこのおじさんは遅刻したらしい。そのとき、まさに出なかった。そしたら遅刻したおじさんに「なんで電話に出ないんだ」と怒られた。

そして今回。出ないわけにはいかない。でも、出てもなんて言うの?電話機のランバーディスプレイにおじさんの名前が表示されてるはずだが。え?知らない。

高校生は受話器を上げて、すぐに下ろした。

一難去った。とうぜん、「何ごとか」と電話してくるわな。高校生もこれでおわりと思うまい。数秒後、またプルプルと電話が鳴り出す。

高校生、また受話器を。

「逆ワン切り」か。二回切った話だけ聞いて、今日、高校生にワケを聞こうと思った。おじさんが嫌いで確信犯的にやったのか、うぶな高校生か分からん。前者なら、めんどうだ。

ふとした会話のきっかけで電話の話になる。どうやら電話の出方を知らないようだ。畳みかけるように経緯を聞く。うぶな高校生だと分かって一安心する。

高校生が外国人だけと働くというのはリスクがある。それを放置してるのだからこちらの責任もある。とはいえ、まさか電話の出方を知らないとは。

PS

電話に縁のある週だったな。ボクも兄貴にメールする、か。

22日「〇〇区防災携帯トイレ様」

より荷物が届いていた。

開かずのポストに珍しく紙切れ。暗がりで目の錯覚かと思った。不在票。まったく、身の覚えのない荷物が届いたか。

警戒して不在票を見ると、タイトルの通り。コピーのおじさんの物わかりの悪さとか、レジの割り込みとかちょっとイライラモードだったのが吹っ飛ぶ。理屈うんぬんでイライラはどうにもならない。脳の切り替えには「意外性」がいる。同じ文脈で考え続けてもダメということ。

19時までドライバーに電話すれば当日配達か。〇〇はやはりサービスがいいな。さっそく引き出しから携帯を取り出す。バッテリーがあるか心配だけど、お、生きてた。あ、着信。配達のドライバーさんからかな。

また、例の間違い電話だ。

あらから5日、なぞの空白期間。まだ気づいてないのか。履歴を見ると下四桁、いろんな番号でかけて来ていている。調べると同じところ。電話番号は間違ってないのだろう。書いた人が間違えたな。今度かかってきたら、出るか。「間違いです」「そんなわけない」と続いたらめんどうそうだ。

出ない。配達のドライバーさん、電話に出ない。続けて三回かける。出ない。あれ? だいたい折り返しの電話があるんだけど。忙しいのかな。19時まで、30分しかない。

15分前。やっぱり出ない。あきらめてネットで再配達を頼むか。うわっ。個人情報とか打ち込むのか。めんどい。他の会社は、伝票番号と時間指定だけだったけど。セキュリティーの問題か。

後回しにして、例の間違い電話の出どころをネットで調べる。結果は上記の通り。一か所だけ違うところがあって首を傾げる。なにかの間違いだろう。

お、あと2分ある。ドライバーさんに電話してみよう。……出ない。まっ、いいか。とはいえ、何回も相手が電話に出ないと、こんなにやるせないのか。思わず間違い電話をしている人に同情してしまう。早く出てあげよう。

ネットで再配達の予約を入れる。できないサービスならやめた方がいい。というか、頼んでもない携帯トイレのために、一時間消えたことが……。

23日「配達時間帯」

18時~20時に再配達を指定。2時間まるまる待った。長い。

プレミアム配達18時から18時30分があったら頼んでいたか。値段にもよるけど、待つのはしんどいから検討はしたかもしれない。150円増しぐらいなら。需要はあるだろう。

外国の人がフリーな感じで配達をしていた。オンボロ車に目一杯荷物を載せて、ガンガンに異国のポップミュージックをかけていた。発展途上国に行った記憶を思い出しながらハッとする。

「そうだ、再配達だ」。

配達に縁のある日だな。18時まで自由か。頼んでない携帯トイレのために1分も待ちたくない。1分でも早く来てくれることを願う。

配達はなんでいつも緊張するのか。17時30分ぐらいから少し身構える。目の前の焼きそばのソースを入れるタイミングを間違えたのは、このせいか。水っぽくて、うすい。未熟なだけか。

18時をすぎる。期待はしていない。30分経つ。寝転ぶ。軽自動車らしきエンジン音とドアを閉める音に、いちいち反応する。落ち着け落ち着け。また、違う。また。

それにしても、多いな配達。

オオカミ少年じゃないが、だんだんエンジン音を信じなくなる。19時をすぎる。19時~21時の配達の荷物と混ぜて持ってくるかもしれない。

来ない。現れては消えていく軽自動車のエンジン音。早くしてくれ。この緊張感がイヤだから配達が苦手。インターホンの音も唐突でイヤだ。待たせたるのもイヤだ。

なにより、何かしてるときに慌てて中断して、中断できればいいが、手が離せなくて不在だと思われて帰られては困る。と思っていたら、トイレの気配。

と、聞き覚えのある音楽が聞こえる。朝の外国の兄ちゃんだ。朝と同じ異国の音楽が暗がりの住宅街に響く。ちょっとボリュームが落ちたか。怒られたか、郷に入ってはか。

違う配達会社だから関係ないが、よく働く。荷物を積み込んで担当地域までドライブ、荷物の積み込みは7時ぐらいか。積み込みの場所までドライブ。5時ぐらいには起きてるか。

今は19時。12時間は軽く働いている。彼ら彼女らがいないと、もう日本は回らない。稼いでやることがある。やらなきゃいけないコトがある。選択肢はほとんどない。でも、生き生きしている。働くことに特化して、あとは自由。服装もやり方も。失うものがない身軽さ。

19時55分をすぎる。外を仁王立ちで待っていようか。ま、いいか。頼んでもない携帯トイレでこれ以上、消耗したくない。配達の人も大変だな。区民全員に配ってるはずだから、トラックの荷台は携帯トイレだらけ。しかもボクみたいに頼んでないのに再配達の手続きさせられて若干、不機嫌だろうから。

ほぼ、20時ジャストに配達の人がくる。エンジン音も、インターホンもなく、ダイレクトに持ってくる。インターホンが分かりづらいから、あるある配達だけど、あと1分少々、インターホンなんて探してる余裕がなかったか。

ギリギリのサービスだな。そりゃ、電話に出れんわ。お疲れさまでした。音楽好きの外国の人も。

MEMO

スーパーに行く途中、インターホンを直そうと格闘してるおじいちゃんがいた。けっこう複雑な配線だから、原因究明には時間が掛かりそうだ。そもそもいらない派だから、お気の毒だ。

PS

携帯トイレ。あれ?重い。しまう場所を探さないと。ホント、重たい。

24日「扇風機をしまう」

二日がかりの仕事。もう君と会うことはないだろう。

扇風機の頭を洗って風呂場で干していたが、最後の最後でひっくり返って濡れる。丸くてそこそこ重いからな。トラックの振動もろもろで重心がズレたか。

いきなり、至近距離でシンバルを鳴らされたような音がして飛び起きたな。

アパートの物置から何か落下したか、外で事故が起こったか。探してもそれらしき形跡がない。忘れたころにトイレに行くと、扇風機の後頭部の部品が転がっていた。あ、これか。

だいたい乾いたら、キッチンペーパーで拭いてしまおうと思っていた。そのキッチンペーパーが切れていた。「じゃ、完ぺきに乾くまで待とう」と思ってた矢先のシンバル音。

もう一度、軽く洗うか。シャワーが強すぎて、プロペラと前頭部を濡らす。どうせ、朝まで乾かないから一緒さ。雨が止んでキッチンペーパーを買いに行く。朝、これで仕上げておわりね。寝るか。ウトウトしていると、また

「ガチャーン」というシンバル音で、起こされる。

そして、朝。風呂の底で寝転がった後頭部を拾いあげて、濡れたふちを拭く。鬣(たてがみ)のないライオンみたいに突っ立っていた扇風機本体に、後頭部とすべての部品を装着する。

透明の袋をかぶせて、物置にしまう。大家さんが貸してくれた扇風機。来年はココにいないだろう。たぶん、誰も借りないだろう。ボクが最後の住人。空き家になると思う。

ひとつひとつが店じまいならぬ、「アパートしまい」のような寂しさ。ガスの元栓をひねるだも、最後になる日が来るのか。考えてみたら、アパートに限ったことではない。

人生も同じ。毎日が「人生しまい」になりえる。朝、顔を洗うのも今日でおしまいかも。

MEMO

いつものカレー屋さんでチーズナンを食べる。お皿に丸いチーズナンと、別皿でカレーだった。のが、一つの皿に4つに切って重ねたチーズナンとカレー皿に。効率を考えるとそうか。丸くてふっくらしたチーズナンはおいしそうで、ピザを食べてるみたいで楽しかったけどな。

25日「スーパーの浄水器」

で的を外してしまう。ミリ単位の調整が必要だった。

油断だろうか。来る途中で迷子の料理人がいたからか。道案内をもっとスマートに出来なかったからか。浄水器に向かう集中力が足りなかったのは確か。

浄水器の水が出てくるところをチェックして、ペットボトルのボトルの口を真下に置くのだが、いつも通り置いたつもりだったのだが。

スイッチを押す。洗浄用の水が容器のギリギリ内側を流れる。そういえば、前もアバウト置きでペットボトル容器がずぶ濡れになったことを思い出す。このまま内側でお願いします。

その思いも虚しく。外側にタラタラ流れる水。改良してから使いづらくなった。改良前は置くタイプじゃなくて、ペットボトルの口をガチャっと水の注ぎ口に装着するタイプだった。

いかんせん、5キログラムと重い。なんども金具がゆるんで直したのだろう。その手間。お察しします。実際、たびたびゆるんで危なっかしかったな。

容器を取り出して洗浄用の水を隣の流しに捨てる。容器を取り出したあと、キャップをしめる小さな猫の額ほどの置き場がある。そこの右端に数滴、水が落ちる。

このぐらいならいいか。あれ、浄水器の脇に洗濯バサミがついたハンガー、そこにタオルが干してある。

「こぼしたら拭け」

ということか。こんな目立たないコトに置くか。業務用なのでは。勝手にさわっていいのか。パンを買って手がふさがってるし、パンを脇にはさんで、浄水器の脇に手を入れてハンガーを取って、さらに洗濯バサミからタオルを取って、しかも全部片手で。

難しすぎるぞ。

そうこうしてる間にペットボトルの水が満たされていく。小銭をジャラジャラした手でタオルを触るのは、衛生的にどうか。ペットボトル置き場の端にポトリと数滴だし。このぐらいからいいか。いいのか。ホント、いいのか。水の補給がおわる。

帰るか。

後ろ髪を引かれる思いで立ち去る。迷子のシェフがまだいる。彼に罪はない。一緒に探したいが、5キログラムのペットボトルが家路をせかす。うまく見つかればいいが。あ、おばあちゃんが参加している。ありがたい。

26日「距離ができている」

辞めたAさんがバイト先に来た。

「Aさんが用事のついでに来る」とBさんから聞かされる。先々週ぐらいにご飯を食べたばかりだから、「そうなんだ」ぐらい。

ちょっとだけ「おっくう」になる。バイト中に来ても楽しくお話する気になれないし、する自信もない。これといって話すこともない。

午前中の仕事もおわって、みんなで一休み。Bさんが先に事務所で休んでいる。ボクはレジで昼ご飯のことを考えている。と、Aさんが来る。

「あ、忘れてた」って、顔をしてしまった。

「待ってました」という顔をしてもウソになるし、いまさら遅い。Bさんに助け舟を出してもらおう。事務所に応援を呼びに行く。

レジを挟んで話しをするAさんBさん、ボク。盛り上がらない。Bさんがどこかよそよそしい。休憩中だからか。

あるいは、立ち位置か。レジを挟んでの会話、お客さんと店員の立ち位置だからか。喫茶店のテーブルと違う。あるいは、仕事モードと休日モードの温度差か。

距離が縮まらない。Bさんとボクは、Aさんの話をうなずいて聞く。ぎこちない。ぎこちなさを感じながらの会話。だんだん疲れてくる。Aさんが訪ねてくれたのは、うれしい。

ただ、それぞれ違う人生を生きている。

「仕事仲間」という関係がおわってしまった。そこに時間が加わる。距離ができて、離れていくのは仕方ない。取り繕うのはお互いストレスだろう。

自然な距離に落ち着いてくれればいい。

27日「イベントが重なる」

選挙があった。選挙はイベントか。出かける人が増えて忙しいから、店員からしたら同じ。

朝から忙しい。たぶん選挙に行って帰りに朝めしを買う人たちだろう。日曜の朝一で投票に行く人は、政治にうるさい人なのか。散歩ついでに選挙という感じがするが。

隣の公園で祭りというか、区の防災イベントがある。なぜか最後に餅巻きをするらしい。10時からだが、待ちきれない子供たちがお菓子を買いに行く。防災イベントにそんな魅力があるとは思えないけど、集まって騒ぎたいのだろう。

気がついたら昼ご飯の時間。もう一人の子と交代で休憩に入る。お客さんが引っ切りなしに来る。ご飯も落ち着いて食べられない。にしても、選挙の日はよく売れる。なぜ選挙で財布のヒモが緩くなるのか分からない。

一見さんが多い。普段、素通りするコンビニでなぜ買うのか。政権交代のような選挙じゃないから、イベント感でテンションが高いのかもしれない。人が動くと、経済が動く。

ようやくおわって帰路につく。予想できる忙しさだから人を増やしてくれてもよかったが、これはこれでイベントか。こっちもテンションが高い。

ハロウィンの衣装を着た子供たちがチラホラ見える。すっかり定着しているけど、前ほどイベント感がない。テンションが普通。着ている服も「変装、してるよな?」。

なぜハロウィンを祝うのか。これといった理由がなく、身も蓋もなく言えば商売だから、子供にしたら、大きなプレゼントをもらえるわけでもない微妙なイベントだろう。特に男の子は早く帰ってゲームしたいだろう。

前日はスポーツのイベントが盛りだくさんだったらしい。テレビを観ないから関係ない。イベントはそのときは楽しいが、所詮、誰かが仕掛けた商売だから、面白いが面白くない。

振り回され過ぎないように気をつけよう。

28日「偶然の間違い」

先走りと後回しは間違いのもと。

事務所で休憩中。レジから声が上がる「あっ」。なんだ?続けて「イタリアのお客さんっ」どうした。お茶と中華まんを買ったお客さんがいたらしい。中華まんを取りに行ってる間になぜかお帰りになったみたいだ。

イタリアのお客さん?さっき昼ご飯を選んでいるときにいたぞ。まだ近くにいるかもしれない。「イタリア人、まだ近くにいるかもしれないぞ」。外を見に行く。

いたっ。外でなんか食べてる。

レジで手が空いてる女の子に中華まんを届けてもらう。まだ間に合う。出動っ。よかったよかった。いたいたイタリア人。声をあげたレジの子に「イタリア人いたぞ」と報告。

「なにイタリア人って?」。え?だからイタリア人。「違う、私、イタリア人なんて言ってないから」。

聞き間違い? あ、お届けの女の子。「違う違う、イタリア人、違う」。案の定、女の子がイタリア人相手に恥をかいている。追いかけて、女の子に説明。イタリア人、誤解が解けて盛り上がっている。わけが分からない女の子。「ごめん、イタリア人じゃないみたい」。

何と聞き間違えたか考えてみよう。うーん。たぶん「あっ?」「どうしたの?」「イタリア人」じゃなくて、「どうしたの?」のあとに「いつ買ったの?どこ行ったの?」と早口でまくし立てたのかもしれない。その答えが、

「いた、今。ピザまん」

だったのだろう。「イタリア人」と聞こえて、さっき見たイタリア人がフラッシュされて、よく確かめもせずに、一時を争うから、早合点をしたのだろう。買ったのがピザまんだったのも、イタリア人だと誤解した一因か。

先走りはアカン。

一円玉がレジの前に落ちていた。両替の途中で手がふさがっているからお金をしまってからにしよう。お金をレジに入れて一円玉を拾いに行くとお客さんがいる。

足元でお客さんを退けてまで拾うことでもない。少し離れて待つ。また用事ができる。一円玉はあとにしよう。用事おわる。戻るとまた、お客さんが。うしろで待つ。まさか、お金とか落とさないよな。そうしたらめんど……

「チャリーン」

えー?お客さんがお釣りの500円玉を落とす。うそー。「ああっ」と、お客さんが慌てて500円玉を拾う。そのまま立ち上がってくれ。

「あ、もう一枚」

一円玉も拾ってしまう。まさか、はある。いやいや、チャリーン、チャリーンって2回音がしました?それに、一円玉ってアルミよ。音が全然違うよ。でも、完全に自分が落としたと思っている。

「それはお客さんのお金ではありません」と言っても「ボクが落としました」と言われるだろう。違うと説明しても「証拠を見せろ」と言われた、ちょうどカメラが見えない位置だし、床の一円玉を映し出すほど高性能でもない。音だって拾えないだろう。アルミだし。

もやもやしてるうちにお客をが帰っていく。どうせ拾っても取りに来ないだろうから、募金箱に入れるつもりだったけど。なんですぐに拾わんかったかなあ。

後回しもアカン。

29日「こんなババぁになっちまった」

と、常連のお客さんが嘆く。見た目はそんなに変わってません。

とは言えなかった。ご本人の中ではそうなのだろう。覚えてないが、10年ぐらいの顔見知りか。会ったときから、ずっと「ババぁ」でした。

高額の公共料金を大量に払いにきて、愛想が悪くて一言多い、ふてぶてしい成金バアちゃんだな。これが第一印象。ヒドい言われようだな。

しばらくは「また、来やがった」と、苦手だった。それが、帰り道でダンナと連れ添って歩く姿を見て変わった。ヨタヨタしたダンナの肩を抱いて、バアちゃんもO脚、二人仲良く夕日に向かって歩いていた。

バアさんがダンナに惚れ込んでいるのがあきらかで、ホント、幸せそうに歩いてたな。見てる方が恥ずかしいぐらいラブラブだった。

「ツンデレばあちゃん」だったのか。

こちらのバリアがなくなってからか、バアちゃんも話かけてくるようになる。主に「税金高い」というグチで、前とそんなに変わらないだけど、気にならなくなる。ツンデレなのは知ってますからね。

バリア越しでは見えないことも見えてくる。なにげにエコで、アイスにスプーンなんて付けようとしたら怒るし、バックが濡れないようにアイスを透明のビニールに入れても怒る。たぶん、そんなにいらない商品だろうけど、公共料金のお礼にいろいろ買っていく。

でも、ある日。元気がなくなる。そういえば帰るときに一人で歩いてる姿を見かけたな。ダンナさんのことは聞けない。たぶん、そういうことだろう。

今日も公共料金をぶつぶつ言って払って、なにか買って帰った、と思ったら電話代かなんかの「催促の通知」を持って再びやって来る。

催促の通知なんてもらうような、うかつな人じゃなかったが。二重払いにならないよう、さっきの用紙と見比べて、支払いを済ます。

揚げ物を作ってると、中華まんの什器と揚げ物の什器の幅、10センチのところから声がする。バアちゃんが明後日の方を見ながら立っている。そして、ポツリとタイトルの言葉を口にする。

なんと言っていいか分からない。正直な感想を言うわけにはイかない。こんな弱気なことを言う人になったのか。顔をこちらに向けて寂しそうに微笑んでいる。「お互い年を取りましたな」とお茶をにごす。

雨が降っていたから、「気をつけて」と送り出す。「あいよ」と、いつものバアちゃんの顔に戻って去っていく。もしかしたら、タイミングが合わないとで会うのは最後かもしれない。

愛想のいい人は油断ならないけど、こういうバアちゃんは愛想もへったくれもないから安心できる。いつもでも、ふてぶてしくお元気で。

30日「住所不定・無職・仕事の見つけ方」

と、検索しようとしたが止めた。なぜ止めたかというより、なぜ調べようと思ったか。

更地になった父親の実家に、小屋を建てるという話をしたか忘れたけど、小屋を建てるつもりだった。

「小屋を建てる」ということでテンションが上がっていた。「自分で家を建てる」って、たいしたことないっすよ、と思いながら、人に話しながら、どこか得意になっていたのだろう。

ホームレスの人が家を作っている本を読んだ。単純に「ホーム・レス」ではないだろ、は置いといて、彼らは一ヶ月に一回お役所の人間に家を破壊される。

正確には「土手にあるのものはすべてゴミなので、捨て」られるそうだ。10年以上前の本だから、今はどうか分からない。オリンピックがあったから、もう建てる場所すらないかもしれない。

彼らは家を壊されたら困るから、その都度、家を解体するのだ。しかも、たった二時間で。更地にして、さいごはホウキで掃除までする。礼儀正しい。たぶん、他の場所よりキレイ。土手の上から、あるいは近所の公園でお役人とお役人が連れてきた業者が帰るのを待つ。

立ち去って一息ついて、彼らは戻ってきて家を建て始める。インドの駅で見た光景を思い出した。駅で寝泊まりしてた人たちが、夜中の掃除の間だけ、出ていく。

巨大な掃除マシーンの乱暴な運転がおわったら、なにごともないように戻ってきて、なにごともなかったように寝ていたな。とにかくたった一時間で彼らは

「家を作ってしまう」。

もちろん一からではなくて、四面の壁はそのまま残している。その際、釘は抜かない。すぐトンカチで叩けるように工夫している。いたるところに工夫がある。夏の暑さをしのぐための隙間とか。とにかく、一時間。

細かいとこは分からないが、壁をトントン30分も掛からないで家の輪郭ができるだろう。そこに床用の木を何本かトントン、その上にベニヤ板を乗せて床のできあがり。天井にも何本かトントン、そこにブルーのビニールシートかけて、ヒモで固定して

はい、できあがり。

あれこれ考えて家を作るのがバカバカしくなってきた。どうせいつか壊すのだし、不具合があっても土台をしっかり作ってしまったり、手間のかかる構造だったら直すのがめんどい。

といって、ご近所の目を考えるといきなりブルーシートの家の出現は「彼らが現れたのか」とかくじつに通報される。ブルーのシートじゃなきゃ、大丈夫かな。

などなど考えていると「固定した土地に家を建てる」という発想に疑問が生まれる。もちろん、公園とか土手に家を建てるのは違法なんだろうけど、そういう生き方も面白いと思う。

日本を知りたいから、正確には日本人、現代人か、そのために日本の津々浦々を移動したいと思っていた。できれば働きながら。一定時間住んで、一定時間働かないとなにがなんだか分からない。

そのとき、移動した先々でその土地の廃材(彼らの家はすべて廃材)で家を建てて一か月ぐらい住みながら、働きながら観察する旅を思いついてしまった。

だから、正確には「住所不定・無職」ではないが、仕事できないか、検索しようと思ったのだ。

と言いながら、今はどっちでもいいと思っている。それよりも年齢的にそこそこの小屋を作るにはタイムリミットがあるな、と感じていたが、その縛りがなくなった。ちなみに取材を受けていた人は59歳。壁を解体して持ち上げている写真があった。スゴイな。

そんなに急いで家を建てなくてもよさそうだ。

これが一番の収穫かもしれない。取材された人は追い出されて、ボクの妄想したような生活をしてるかもしれない。「空き缶を拾いながら全国を巡りたい」と言っていたな。夢のある話と結んでいたが、それよりも「サバイバル」という発想で、なんともスゴい。

そして、自由な人だと思った。

PS

インドの駅にいた人たち。考えるとあの人たちは、あの人が家なのでは。荷物は持ち運べるだけ、だと思う。寝転がって荷物を置いたところが家。もちろん、そうしたくて、そうしてるワケではない。ただ、考えさせられる。

31日「どうやら、たぶん、ご健在のようだ」

会いに行ったわけではないが、建物を見たかっただけだが、はたして。

外国人の観光客がごった返している。すっかり小奇麗な観光地になっている、川沿いの通り。ブルーの家はこちら側にも川の向こうにも見えない。

スカイツリーのナイスビュー。観光船が行きかう。できたばかりのスカイツリーを見に行った。予約制で抽選で地元の人間が優先で、一般人はほとんど「高みの見物」で登れなかった。見上げるだけ。それでも

デケーな。

「あの」と声をかけられる。手にはスカイツリーのチケット。「これ、おばが来れなくなったので、もしよかったら」。はて、信じていいのか。ニセモノ、を売るような人でもなさそうだ……。

「買わせていただきます」。おばさんの分まで、おばさんの生霊を背負って登ってまいります。

景色は覚えていない。超高層ビルの美術館とか、高いところに何回も行っている。目新しさはない。当時、「世界一」という情報をありがたく消費させてもらった。

川の向こうから見るスカイツリーはキレイだけど、高さは感じない。それより、土産で買ったボールペン型のスカイツリーを思い出して、それに見えてくる。大差ない。

川沿いを歩く。観光客の姿が見えなくなる。地図に載っていた場所に近づく。たぶん、ないだろうな。あれから15年ぐらい経っている。76歳か……

「え?あったっ」

想像してたより一回り小さい。白とブルーのビニールハウス。あれから15年、ここで生活してきたのか。実物と対面して、気後れする。15年の歳月。ボクみたいに適当に働いて寝転がってきた生活じゃない。それはそれでいいと思う。

人の気配がしない。黒いヒモでビニールの家をぐるりと上下に一本ずつ縛っている。昼寝の時間だけどな。これ、外から縛らないと無理だよな。錆びた自転車がある。もう一台、海外赴任の人から貰った自転車がある筈だが、ない。なんだろ。

家だけ残っている?それは、考えにくい。一か月に一回の行政の手入れがあるはずだ。家が残っているということは、少なくとも手入れをやり過ごして、またここに家を建てたということ。一か月は経っていない。銭湯にでも行ったか。

このワンサイズ小さいリフォームはなんだろう。二人で暮らしてるはずだが、今は一人なのかもしれない。人ひとりが生きていけるサイズがこれか。しばし、年季の入った道具を眺める。

ヒモでグルグル巻きの家から、手品師のように〇〇さんが出てきたらどうしよう。あるいは、後継者かもしれない。どんな話をしよう。生活より建物についてだろうな。日が陰ってきたから帰ろう。縁があったら会っていただろう。

病院か、路上か。突き詰めればそうなる。この人はどんな最後を迎えるのだろう。川の向こうにブルーのシートがチラホラあるのに気づく。少し歩けば観光客。ホントに世界は薄皮一枚だなあ。

現実はあやうく、たよりない。ボクはどちらに転ぶだろう。せめて転ぶのではなく、選びたいが。

MEMO

地下鉄に「下駄」を履いていくと、かなり響く。階段の「降り」は特に注意。帰りの階段で目の前のお姉ちゃんに着信あり。

忍び足で歩いた。

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